霞ヶ浦、小見川ときて、そのまま銚子に向かう。ほんの少し前には雷が鳴り、雹がフロントグラスを叩く、数メートル前が見えない、そんな荒天であった。その雷雲が去っても、まだライトをつけたままのクルマを対向車線に見る。佐原、香取、小見川、笹川と天保水滸伝の舞台を走る。左右にはまだ古い建物が残る。
銚子港にクルマを止めてマルハラフーズの佐原孝幸さんを待つ。待つこともなく小型乗用車がすーっと港に来て、挨拶もそこそこに「ついてきてください」という後に従う。マルハラフーズは港から指呼の距離。思った以上に大きな加工場である。ここで佐原さんと初対面の挨拶をして、漬け魚造りの工程を見せて頂く。
衛生帽をかぶり、長靴も履き替え、エアフィルターを通り、ややひんやりした工場内に足を踏み入れる。踏み入れたら、作業中の女性が、白いロール状の器具をボクの背中にあてて、クルクルとくすぐる。どうやらホコリを完全に除去しているようだ。当然、作業場はしごく清潔である。
作られていたのは「さんまソフトみりん干し」だと思われる。まずは冷凍サンマを氷温状態にまで解凍。この時点のサンマは刺身でも食べられそうである。
その頭を落とし、三枚に卸すのは機械がこなしている。そこから汚れを落とし、漬け汁に落としていくという単純な工程なのだが、そこからは手作業となる。
本漬けのマサバの重しを持ち上げているのが佐原さん。この重さにも意味がある。ちなみに本漬けという工程で、熟成されて味に深みが増すのだ
あくまでも無添加にこだわっているために加工工程はとても単純だ。テニスコート2面分ほどの工場内をぐるっと回るとお仕舞いとなる。マルハラフーズの加工品の総てに複雑でよく練り上げた味への工夫が盛り込まれている。期待しての見学で、少々拍子抜けする。手持ちぶさたとなって場内を見回してみる。
静かでがらんとしている加工場の隅、そこにやっと秘密の花園、ボクの琴線にふれるものを見つける。いろんな調味料が置かれている棚である。銚子ならではのヤマサ醤油、関西のヒガシマル醤油、味噌、味醂に砂糖が数種類。そこに佐原さんの息子さんがいて調味料を合わせている。
「たくさん漬け魚を作っていますが、息子さんが主に味を決めているんですか」
「いや、最近少しは考えてみるんですが、今のところ父の発想が総てなんです」
息子さんはまだ精製されていない砂糖の袋を抱えている。中から出てきたのは黒砂糖の風味を残した砂糖である。
「砂糖だって、3種類混ぜないと思った味がでないんです」
佐原さんは日々、新しい漬け魚の味付けに試行錯誤しているのである。
「いろんな世代に受け入れられるものじゃないと」
佐原さんの目標は高いのである。
「いまどきの家庭だと魚焼きよりもフライパンで調理するほうがやりやすいでしょ。それでサンマのソテーや唐揚げ、カツといったフライパンで焼くだけというのがこんどの新製品です」
マルハラフーズには味醂や砂糖などで甘辛い調味をしたものがあり、また本漬けなど熟成された干物もある。どれもうまいのだが、ボクが食べた中でもっとも好みにあったのが、「さば魚屋まかない干し」などの魚醤を使ったもの。「あれは美味しかったですね」というと、
「それが最初は注文があったんですが、そのうち立ち消えになってしまいまして。結局製造していないんです。どうやら魚醤のクセが受け入れられなかったようです」
これは意外であった。魚醤の旨味と風味が絶妙であったのに、どうやら最近の消費者にはこのよさが理解できなかったようである。この結末はいかにも残念でならない。わかりやすい美味しさだけではなく、「味わいに奥行きのある製品」があるのが理想ではないだろうか。
佐原さんと接していると、調味料の話題になると顔が輝いてくるのがわかる。この方、「根っからの味の職人」なのである。しかも常に新しい工夫と開発を怠らない。だからマルハラフーズの商品にはいつも驚きがあるのだ。次回の製品も楽しみである。
マルハラフーズ
http://www.maruhara-f.com/
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
http://www.zukan-bouz.com/
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