夏バテ気味だ。
なのに食欲が落ちない。
そろそろ大台が見えてきて焦っている。
だいたい自分で靴下がはけなくなりそうだ。
こんなときそばにいて、そっとはかせてくれる、そんな女(ひと)がいるわけでもなく、本当に本当に靴下二つにも苦労しているのだ。
そこで、とにかくダイエットにはげむ。
市場にあるマルヤ薬局のお姉さんに勧められて秘薬を飲み、朝ご飯をちゃんととるかわりに夜は軽くする、なんてね。
人間努力が必要なんじゃないかな?
とにかく絶対に大台にならないように日々努力なのだ。
そこで朝ご飯につきものなのがお味噌汁。
東京ではおみおつけ(御御御つけ)なんていう。
思い出したのだけど、時々東京人というか、いかにも東京生まれをひけらかす愚か者がいて、「みそ汁じゃなくておみおつけだろ」とか、「ご飯をつぐ、んじゃなくてよそう」と言うべきだ、なんて言いやがる。
いやだね。
こんなヤツに限って表面はいいが、裏ではろくなことをやっていない。
そうだ! 思い出した。
ボクはあくまで姫たちの「父ちゃん」なのだけど、これも「お父さん」の方がいいんじゃない、なんてこと言ってきたりする。
言語というのは、例えば四国生まれの人間には、その地で生まれたために持っている破片というか、魂が絶対にどこかに残っている。
だから、徳島県生まれなら、徳島県人のかけらを子供たちに残す。
これって「いい悪い」なんて関係ないことなのだよ。
いかんいかん閑話休題。
朝ご飯を大切にしようと思っているので、毎日みそ汁を丹精込めて(そんなことはないのだけど)作る。
近所のスーパーにナーベラーがあった。
その昔、畑をやっていた頃、毎年作っていたのがヘチマだ。
ヘチマというと腐らせて繊維だけとり、身体を洗うのに使ったり、ヘチマ水をとったりで、普通食用とは思わないだろうけど、実は食ったらうまい。
大きくなる前のヘチマがあんまりうまいので、作っている時にもほとんど大きくなるまで育つものがなかったものだ。
このナーベラーと、残り物のマサバの切り身で朝のみそ汁に仕立てる。
煮干しだしにサバの切り身を放り込んで、ナーベラーを放り込んだだけの単純なみそ汁。
徳島県由岐町濱宮海産のカマスの干もの。
納豆と「本家 阿おんな」のおたふくしょいのみをぐちゃぐちゃに混ぜたものにネギ。
近所のスーパーで買ったサラダにソースビネグレットをかけて、塩炒りしたスルメイカをのせる。
後は生卵1個。
実はこの場合の主菜はみそ汁なのである。
カマスだって脇役であって、主役ではない。
新潟県長岡産のおいしいみそで作った、このみそ汁のうまいこと。
ナーベラーとは不思議なもので、それ自体は水分の多い物体でしかなく、甘いような甘くないような、なんともとらえどころがないものだが、なぜかうまい。
そこのみそ汁の具の王様的なマサバの切り身なんだから、味は想像以上、天井知らずなのだ。
ここでちょっと書いて置きたいのだが、ご飯は二膳までで我慢した。
人間生きて行くには我慢が必要なのだ!
ついでに、ついでに書いておくけど、ボクの人生って耐える、我慢なんて言葉がよく似合うのだよ。
材料(約二人前で)
サバの切り身半身、ナーベラー半分、いりこだし360㏄、みそ適宜。

三杯酢材料
酢(我が家のはすし屋専用ミツカン山吹)200㏄、カツオ節だし300㏄、みりん30㏄、砂糖30グラム、塩適宜、薄口しょうゆ30㏄
作り方
1 サバは適当に切る。ヘチマは皮を剥き、湯通し。
2 いりこだしが沸いてきたら1を入れてみそを溶き、火をけす。
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑、マサバへ
「本家 阿波おんな」
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大河ドラマの影響か、高知県は観光ブームにわいているようだ。
坂本龍馬さまさまといったところか。
ただし、高知の人気は、本当は坂本龍馬にはなく、土佐らしさにあるのではないか? と思っている。
高知らしさ、高知のおおらかさに、魅力を感じてついつい「高知に行ってみようか」と思うようになるのだ。
さて、先日、赤坂の高知料理の店に行ってきた。
宴会で、おざなりな料理だったのだろうけど、ビックリするほど高知らしさがない。
土佐の片鱗もなければ、むしろなよなよとしたくだらない料理ばかりだったのだ。
きっと東京に出店して行く年月、土佐の男臭さも、粗野な部分も忘れ去り、形だけの土佐料理を勝手にこねくり回しているようである。
くだらないな、と多いに落胆した。
そして廣丸にいただいた干ものなのだけど、別にこれといった特徴があるべくもないのに、高知らしいものを感じるのだ。
作りが荒々しい。
素朴だし、やや塩加減が強い。
外見は粗野だが、中身がいい、そんな干ものである。
酒が矢鱈に欲しくなる、とともに飯がこれまた矢鱈に「うまい!」。
食らうたびに桂浜からの大きな大きな太平洋と、強い向かい風の記憶がよみがえるのも不思議じゃのー。
永野さん、また土佐からの味の便り、待ってますよ。
土佐の廣丸店舗へ
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最近ではほとんど使われなくなった言葉に「芝煮」がある。
この場合の「芝」は東京都港区芝のこと。
落語「芝浜」の「芝」でもある。
江戸時代、前浜でとれる魚貝類は芝の地に水揚げされていた。
埋め立てが進んで芝の地から海は遙か遠くなっている。
東京タワーの真横で新鮮な魚貝類が揚がっていたなんて、まことに隔世の感があるではないか。
江戸の町の前浜でとれた魚貝類の水揚げの地、芝だからこそ生まれたのが「芝煮」なのである。
東京の味というと醤油辛い味つけが思い浮かぶ。
でもとれたての新鮮な魚貝類を濃い味つけで調理したのでは、元も子もない。
せっかくの魚貝類の味が醤油辛さにかき消されてしまう。
生きがいいからこそ薄味の汁で煮てうまい。
この薄味の汁気の多い煮物を「芝煮」というようになった所以である。
さて、煮物と汁物の境はどこにあるのだろう。
実はどこにもないのである。
例えば煮物の汁の多いものを汁物だと考えるとわかりやすい。
この汁気の多い煮物がまことにうまいのだ。
素材にはちゃんと煮ることで味がついている。
それなのに煮汁自体を飲んでも塩辛くない。
このように加減したものが「芝煮」だと定義しているのだけど、いかがだろう。
専門家の方がいらっしゃるなら、ご意見などうかがいたいものだ。
今回はムニエルにして残ったサンピエール(マトウダイ)のアラと肝、胃袋、それに大根を使って汁物の酒の肴を作ってみた。
一見簡単に思える料理なのだけど、意外に手間がかかる。
大根は下ゆでしなければならない。
魚は振り塩(必須だとは思わない)をしてから湯通し。
ていねいな下ごしらえだからこそ、澄んだおいしい汁が作れる。
うまみたっぷりなのにくどくない、からこそ酒の肴になるのである。
さて、月になんど作っても「芝煮」はうまいのだ。
今回のマトウダイの「芝煮」もうまかったし、発見があった。
骨についたマトウダイの身が思った以上にしまっている。
皮は薄いのにベロンとゼラチン質であるし、口の中で溶けて強い旨みを放出して消えてしまう。
しゃぶっては骨を捨て、大根を食べて、骨を捨てると、最後に汁が残る。
この汁が実はおおとりを飾るものなのだ。
とすると、これまでは前座、二つ目といったところか?
うまいもんだよ、「芝煮」というやつは。
材料
マトウダイのアラ1尾分、水400㏄、酒200㏄、塩小さじ1、醤油少々で味見しながら加減、日高コンブ6センチほど、大根10センチ幅程度、ユズ1個
作り方
1 マトウダイのアラは湯通しし、冷水に取り汚れなどを洗って水切りをしておく。大根は軽く下ゆでしておく。
2 鍋に水、酒を合わせて、アラを入れ、差し昆布をし火をつける。沸いてきたら大根を加えてアクをよくよくすくい取る。
3 大根が煮えてきたら色がつかない程度の醤油、塩で味つけ。このとき味見してやや物足りないくらいがいい。
4 ほどよく大根に火が通り、煮えたら出来上がり。椀にとり天に柚の皮をのせて、柚を絞り込んで食べる。
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑、マトウダイへ
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