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 鶴岡市でももっとも賑やかな町である本町の路地にある。サンプルを飾ったショーケースが入り口脇にある昔ながらの食堂。

 カレー、オムライス、丼物、中華そば、そば、うどん、焼きそばはもちろんのこと、ソフトクリーム、ソーダなどなんでもありなことからも典型的な「食堂」であることがわかる。

 老夫婦ふたりだけのお店で、古くから町内で人気の店であったようだ。

 近くにある居酒屋『いな舟』の女将は子供の頃、この店のオムライスが好きであったという。


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 ご主人におすすめを聞くと、すぐに帰ってきた返事が「冷やしワンタンメン」であった。忘れてしまいそうなので、あえてここで書くが、庄内地方の料理店では「麺」ではなく、「メン」と表記する。

 山形県山形市にある『栄屋本店』が発祥とされる「冷やしラーメン」は有名だが、そこには必ずワンタンメンが存在する。山形県には、昭和初期から温かい普通のラーメンがあって、戦後これにワンタンメンが加わる。山形市など村山地方の夏はすさまじく暑いので、当たり前だが温かいラーメンなどは売れない。それで『栄屋本店』では「冷やし」て出す工夫をして「冷やしラーメン(ワンタンメン)」を産み出した。

 とすると昭和27年に『栄屋本店』で「冷やしラーメン」が誕生した後に庄内地方にも伝播して、『天花食堂』など庄内地方の中華料理店の品書きにも加わった、と考えるといいのだろうか。『栄屋本店』が昔も今も「食堂」であることにも留意しておきたい。


 さて、待つこと暫し。それは、例えば都内の中華料理店で中華丼を入れるたぐいの少し深い皿で出てきた。ストレート麺とワンタンの上にメンマ、トマト、海苔を皿にしてからし、そして山形県の「冷やしラーメン」の必須の具であるキュウリがのっている。

 一見、冷やし中華のようでいて、よく見るとメンの半分くらいまでが清んだスープで満たされている。まずはとすすったスープがあまりにもうまいのに驚いた。山形市のものと同じように醸造酢の酸味を感じるが、こちらの方がおだやかである。魚介系スープの味も奥深いように思える。大振りのトマトを口に入れてもスープの味がだれないのもすごい。その上、ワンタンがとても軟らかく、するりと口に入り、舌の上でふわふわりんととろけて消える。

 この一皿を5分で一気食い。午後長けていなければ、もう一品いけたかも知れない。

 実にうまかった。山形市の名店の味の印象が、この一杯であっけなく消えてしまった。

[天花食堂 山形県鶴岡市本町]


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 酒田市の老舗・焼きそば店『米沢屋』は古いビルの路面店で間口が狭い。店に入ると右手にテーブル席、左手にカウンター。カウンターの奥に厨房(鉄板)がある。店の奥に狭い座敷があり、そこにオヤジ4人で座り込むともう身動きがとれない。

 この大柄な(ある意味デブな)オヤジ4人が狭すぎる小上がりにいる、という光景が実に滑稽なのはいうまでもない。しかもこの小上がりにはテレビがあり、柱には不思議な切り絵やワッペンが貼ってある。まるで子供のいる一般家庭の居間に迷い込んでしまったようで、旅人にとってはなんとなく居心地が悪い。

 さて当店は繁華街にある小さな焼きそば専門店で、外観はなんの特徴もない。この外観を見て、興味をそそられる観光客がいるとは思えない。地元民でなければわからない名店といったところだろうか。ただし繁華街にあってテーブル席のある焼きそば専門店というのは珍しいのではないだろうか。

 粉もの文化のメッカ関西で焼きそばは、あくまでもお好み焼きのサイドメニューであって、これだけで店として成立するものではない。焼きそばだけで路面店として成り立っていること自体珍しいと思う。

 当店は『米沢屋・中町店』とある。とすると市内に『米沢屋』は何店舗あるのだろう。また、この焼きそば専門店は酒田市内に何軒くらいあるのだろう。そんなことを調べるのも、再度酒田に来たときの楽しみになりそう。


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 品書きを見ると、これが非常に複雑。とりあえずオススメの「大盛肉玉子」にする。

 待つこと暫し。

 やって来たのは中華蒸し麺そのものの色の焼きそば。肉と卵焼き、紅しょうがのっていて、刻み海苔が散らしている。

 まずはそのまま麺を食べると、しっかりと焼き上げてあるためか香ばしく、塩味がひかえめについている。これだけで十分うまいのだが、地元民の太田さんと加賀谷さんが、さっさとソースをかけているのを見て、ちょんちょんと一ヶ所だけにかけて食べてみる。ソースはいたって普通のウスターソースではないだろうか? 少し甘めに感じられるが、これはソース自体が甘いのか、店で加減をしているのかはわからない。

 生のソースと焼き上げた中華蒸し麺は決して融合することはない。四国では天ぷらにソースをかけるのが普通だが、そのソースがけした天ぷらに似ている。「ソースの味」と、その「ソースを絡める物」はまとまりがなくバラバラなのだけれど、意外なことに生のソースの味がなかなかいいのである。これって大発見ではないだろうか。東京都内のお好み焼き、もんじゃ焼きの店では焦げたソースの味と風味を楽しむのだけれど、この生のソースもいい。

 酒田名物といっていいのかどうかは不明だが、この「後がけソース焼きそば」はくせになりそうな味。ボクが酒田に住んでいると1週間に1度は必ず足を運んでしまいそうだ。

 地元のお二方に聞くと、酒田では昔からソースは後がけであったという。だから単に焼きそばを注文すると、これが出てきていたらしい。とするとかれこれ50年近く前から、この焼きそばがあることになる。


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 酒田市、鶴岡市など庄内地方の夏の味のひとつ。トウモロコシを適宜に切り、だしは使わず水から煮出して、みそを溶くだけの超簡単みそ汁。

 トウモロコシは庄内の人にとっては当たり前だが、他県人、旅人にとって思いもしないみそ汁の具である。

 実際に作ってみたら、だしを使った方がうまいが、水でトウモロコシを煮だしたうま味だけで十二分にみそ汁として成立している。

 みそのうま味とトウモロコシの芯と実から出る甘味で、実にうまいのだから不思議。ついついもう一杯となる味。


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『満月』の基本的な品書きワンタンメンは、待つこともなくやってきた。スープはしょうゆベースで微かに濁っている。やや太めのストレート麺にチャーシューとメンマ、ネギが散らしていて、ワンタンが見え隠れしている。

 スープは明らかに魚介系で、独特の風味がありこれは「とびうおの焼き干し」からくるものらしい。ここにほんの少し渋みが感じられるが、これはスープを取るときの温度が高いせいかも知れない。とにもかくにも十二分にうまい汁である。

 この汁と一緒にすくおうとして、するりと逃げていくのがワンタン。ワンタンは極限にまで薄く、軟らかい。つるりと舌の上をすべり、なかの挽肉のうま味だけが残る。いい感じの口中からの消滅の仕方である。麺はストレートで小麦粉のうま味があり、のどごしも実にいい。ややスープと絡みにくく感じるがこれでいいのかも知れない。

 要するに実に美味しい。「酒田市のラーメンに外れなし」というが、さていかに。先々、酒田市のラーメン店ののれんをくぐるのが楽しみである。


『満月』は市街地からは外れた場所にあり、比較的道幅のある道路に面している。昭和30年代創業の老舗で「酒田ラーメン」の名店として知られている。

「酒田ラーメン」の歴史は大正末年に始まるという。昭和2年にはラーメンを出す店が増えたと言うから、酒田の「ラーメン史」は国内でももっとも古い。古くは煮干しと昆布でとったスープであったが、ここに「とびうおの焼き干し(主にホソトビウオ)」が高度成長期に加わり、いっそう奥の深い味わいのスープになったようだ。塩味もあったようだが、現在の主流はしょうゆ味。ここに太めの麺というのが「酒田ラーメン」の基本形のように思われる。

 また戦前から「ワンタン」と「支那そば」を出す店があり、当然ワンタンメンの歴史も古い。「酒田ラーメン」はワンタンメンも含めた言語であるということも明記しておきたい。

 国内でも喜多方をはじめ地名を冠するラーメンは多いが、酒田市のように、「土地柄を大いに反映し、統一感のあるもの」はない、のではないだろうか? ここに酒田市の食の財産、「本物」を見つけた気がする。

 ちなみに、酒田市のラーメンの世界にワンタンを持ち込んだのは中国の方。昭和初年頃には「支那そば」と「ワンタン」が別々にあったようだ。この「支那そば」と「ワンタン」を一緒にしたのが「ワンタンメン」。昭和13年創業の『来々軒』がワンタンメン発祥の店であるようだ。ここからワンタンメンを出す店が増えた。その一軒が日吉町にあった『満月』で、そののれん分けをしたのが現『満月』であるようだ。

 品書きには「中華(ラーメン、)」に「チャーシューメン」、「スタミナラーメン」などラーメン一式に、「ワンタン」、そして「ワンタンメン」がある。なかでも一番人気が基本的な品書きである「ワンタンメン」らしい。

 店はいかにも地方都市の郊外にありそうな平凡な造りである。真四角に張り出した入り口には三方に引き戸。入ると左手に厨房とカウンター、右手にテーブルがある。

 家族経営ならではの接客で、居心地がよい。厨房内にも緊迫感はなく、テーブルについてワンタンメンを居心地良く待っていることが出来るのもいい。


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 地下鉄環状線堀田駅から名古屋らしいばかに幅の広い道路を渡った場所にある。昔ながらの和菓子屋さんの趣が感じられ、名古屋らしい「鬼まんじゅう」、丸い金つば、道明寺の桜餅、赤飯まんじゅうなどというのもある。

 ご主人は柔らかい、温かい雰囲気の持ち主。


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 名古屋で5月5日の端午の節句に作られるのが「黄飯」、「金白飯」。「金白飯」はクチナシで染めた黄色い黒豆入りのおこわと、染めない黒豆入りのおこわを半々にしてパックしたもの。

 端午の節句に「金」と「白」のめでたい色のおこわで祝う。ということなのだという。


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 勝浦市内、朝市のある下本町の遠見岬神社入り口そばにある。店は間口二間あるかないかで、非常に古くて狭い。勝浦にはクロダイ釣りに通っていたのだが、その当時(1970年代)から同じ建物であった。

 朝市に店を出すオカアサン達にラーメン(中華そば)を配達していたので、教えてもらったと記憶する。朝市のオカアサン達が食べるくらいだから、当然、この店の普通のラーメンは美味しい。

 丼物と麺類のいたって普通の食堂であったはず。サザエ丼やアワビ丼などもあるが、これは近年になって作り始めたものだと思うが確かめていない。



 千葉県勝浦市は「タンタン麺」は歴史があり、味もいいということで最近よくテレビなどで見かける。ボクの場合、かなり当地に通っていたつもりだが知らなかった。いちばんよく通っていたのが、1970年代後半から1980年代前半だが、食堂などに入っても品書きにはなかった気がする。

 個人的にB-1グランプリがあまり好きではないので、どこかしらいかがわしく感じるが、味はとてもいい。。

 しょうゆ味のラーメンをベースにしているのだろう。そこに玉ねぎと挽肉を炒めて、大量のラー油を加えてをのせる。『いしい』のものは生の玉ねぎ、いりごまを加えているが、これもなかなかいいと思う。かなりの辛さで、まだ早朝というのに完食。

 この店はいつも朝ご飯を食べるところなので、やはりラーメンの方がよかったかも。タンタン麺は昼飯向きだとも思い知る。


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 名古屋栄にある『島正』は 昭和24年に名古屋市で創業。創業時の店名は『きむらや』で、店主の名字「喜邑」からの店名。新国劇の島田正吾が気に入って通ったことから「島正の通っている店」と呼ばれるようになって店名を変えたという。

 名古屋では豆みそ(八丁みそ)ベースの煮汁で煮込む、おでん、牛すじを「どて焼き」と言う。これに串かつ、焼き鳥を加えると名古屋居酒屋メニューの基本形になる。

 みそ味で煮込むおでんを、「みそ煮込みおでん」などというが、当店ではこれも「どて焼き」のひとつで「どて焼き」の種としている。このあたり今後の名古屋食文化研究の余地が大ありである。

 この店はその名古屋居酒屋の基本形を守っているところがいい。しかもそのどれもが実にうまい。多少待ってでも飲みたい食べたいという店だと思う。


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 居酒屋のしめの一品というと、ご飯もの、麺類などだろう。ここでは「どて飯」がその主流だと思う。みそで煮込んだ、豆腐、大根、コンニャクなどをつまむ。その後で串かつか焼きものをお願いして、しめにまた「みそ味」でというのがいいのである。

 ご飯に、「どて焼き」の牛すじ煮込みをかけたものが「どて飯」なのだが、そこに半熟卵がぽよよーーーんと乗る。


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 この半熟卵を適度に崩し、ご飯と牛すじともども、あらく混ぜてかき込む。名古屋のみそ味が意外にさっぱりと後味がいいのは知っていたが、この美味しさをなんと表現すべきだろう。食感はドミグラスソースのようであるが、あきらかにみそ、そのみそが実にクリーミーであって、こくがある。

 ああ、これは昼間に大をお願いすればいいのだ。酒の後ではなく、昼飯として食べたらもっともっとうまかろうな。


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 五城目町に中心地というものがあるのだろうか? あるとすれば朝市のある夕下町周辺だと思う。ここに道幅の広い県道があり、この道沿いに料理店が数軒並んでいた。

 夕方、酒を飲むために町を歩く。最初、この『松竹』の外観のあまりにも素っ気ない造りなのと、それでいながら「料亭」という文字を嫌い通り過ぎる。

 かなり歩いてもこれといった店が見つからない。それで仕方なく入った。

 店内に入ると、いかにも店舗造りのプロというか、実はなにも考えていないヤカラたちが無理矢理規格どおりの店の設計を押しつけたといったもの。このようにその土地らしさ、よさをダメにする店造りはやめた方がいいと思うな。

 そこで待っていたのが、「いかにも秋田のおっかさん」といった雰囲気をいっぱい発散している女将さん。肌がきれいでふっくらとして、実に魅力的。

 女将さんはボクがカウンターについてもせっせとミズの皮を剥いている。酒の注文だけ聞き、「次ね、北島三郎がでっから、歌終わるまでまって」という意味のことを言ったと思う。

 この女将さんが下ごしらえをした青いミズの入った「だまこ」汁が実によかった。ただしこの店のすごいところはラーメンもあれば丼物もある。お弁当もあるというところだろう。秋田県という明らかに鄙の地のバイタリティーがこんなところにも横溢している。


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 鉄鍋に入った具材の主役は「だまこ餅」。これはご飯を半殺しにして丸め、表面を焼いたもの。ほかには朝市にも並んでいたチシマザサの竹の子、ねぎ。これに女将さんが下ごしらえしたばかりの青いミズが入っていたが、これが初夏の「だまこ餅」の代表的な具材なのだろう。この上に、ごぼうや豆腐や季節外れの舞茸も入って賑やかかつ豪華である。汁は鶏ガラと鰹節だしを合わせたしょうゆ仕立てで、まったりと優しい味。

 この汁が実に味わい深い。塩分濃度もほどよく、あくをよく引いているのか苦みもない。「だまこ餅」はむっちっとしているが、ご飯の粒感も残っていて、甘味がある。そしてなによりもこの鍋を支配しているのが、青いミズの香りである。シャキシャキとした食感がして野生を感じさせてくれる香りが鼻に抜ける。

 ここで問題となってくるのが「きりたんぽ」と「だまこ餅」の違いである。この二つは基本的に同じもので、形が違っているだけに思える。「きりたんぽ」は古くは単に「たんぽ」で秋田だけのものではない。また「きりたんぽ」は秋田県北部大館市などで作られていたもので、秋田市や八郎潟周辺、男鹿では「だまこ餅」を作るのが一般的であった。

 八郎潟に面した五城目町は「だまこ餅」の本場に当たるわけで、この地で「だまこ餅」を食べることができたのもうれしい限りではある。


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 名駅にもほど近い那古野というところはまことに不思議な区画だ。名駅の高層群が見えようかというところなのに円頓寺という昔ながらの商店街がある。そこから路地に入り込むと仕舞た屋や古い食堂があり、もっと狭い路地に入りこむと地蔵尊のほこらがあったりする。

 この円頓寺商店街のいちばん外れにあるのが『五条』。正確には「どて焼 五条」なのかも知れない。もつを豆味噌で煮込んだ、「どてやき」、「みそおでん(これも「どて焼」と言うらしい)」、「串かつ」、「焼き鳥」などがある。酒は主に焼酎と日本酒。一品は総て300円以下。「串かつ」は1本70円と非常に安い。

オヤジさんは愛想がよく聞くと丁寧に対応してくれるが、女将さんの無愛想振りは稀に見るといったところ。


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「串かつ」は豚肉を串に刺し、フライに揚げたもので、名古屋居酒屋でもっとも重要な品のひとつ。値段は、高くて1本100円前後、安いとこの店のように70円ほどしかしない。これなら子供にも買い食いできるはずで、きっと駄菓子屋などにもあるのではないか? 要するにいたって下手な料理である。

 名古屋ならではと思うのが、この「串かつ」を「どて焼」の煮汁(豆みそで作ったソースのよう)に浸して出してくれること。

 これは明らかに名古屋の居酒屋の基本中の基本、「どて焼」の鍋が店の中央部というか、分かりやすいところにあり、揚げたての「串かつ」を「つけてみてもおかしくない」状況にあることから自然発生的に生まれたものだろう。

 ちなみに「串かつ」はいつ頃、どこで誕生したのだろう。例えば「とんかつ(揚げ油に泳がせるように揚げる)」の誕生が明治の終わり頃だとして、この料理店の料理が、「串かつ」というより簡便な形に変わった、その意味合いを探るといいのだと考えている。ようするに「串かつ」の誕生は屋台などの屋外的な料理提供の場から生まれたに違いない。

 さて、名古屋で「串かつ」を食べるときは、必ず半分は「どて焼」の煮汁に浸したもの、半分はソースにする。どちらかを選ぶとすると、よそ者のボクには「どて焼」に汁につけていただくことになりそう。

 この『五条』でもソースと「どて焼」を半々でお願いする。この「どて焼」の汁が色の割りにはあっさりして、少々脂っこい「串かつ」と相まって飽きの来ない味になっている。食べ過ぎ、飲み過ぎに要注意。


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 新潟市、燕市への旅の帰途に立ち寄った長岡市内のスーパーにて購入したもの。『越後製菓』は新潟県長岡市に巨大な工場をかまえる全国的な食品会社。米菓で有名。国内流通して知名度の高い製品も多い。


 一般に赤飯とはもどした小豆、ささげを戻し水と一緒にもち米に混ぜ込んで蒸し上げたもの。基本的には塩味である。

 新潟県長岡市などで作られている「赤飯(こわめし、もしくはおこわ)」はインゲン豆を使い、味つけはしょうゆ。ご飯を染めているのはしょうゆなのである。

 塩味で小豆を使うものよりも、どこかしらお総菜的な味だが、このしょうゆの風味ともち米の甘さが実に相性がいい。

 ひじきやにんじんの入った「お赤飯(五目赤飯)」もある。


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