島根県浜田市でもっとも予約がとれない店なのだという、この路地裏の『海旬』は。
浜田駅から5,6分で行けそうだが、とても旅人には行き着けない。
行き着けないけれど、旅人こそ、旅費を使ってものれんをくぐっていただきたい店だ。
この日、島根県水産課の仕事で浜田市の駅に着いた。
夕方着で駅前のホテルでほっと休んでいると、地元のイッチャンが「早く行きますよ」と催促してきた。
駅前で待ち合わせて、そぞろ歩き。
着いたのはまっさらな木の香漂うがごとくの新しい店であった。
この店の構えが旅人を惑わせる。
一見チェーン店を思わせる、所謂へたくそな造り。
安っぽいのである。
都会から来ると、とてもこのような店で地元の美味を食べられるとは思えないだろう。
だが、ここを「一押し」だとする、これまた地元民のタメさんは、かなりの食通である。
「食通」というのは、多くの場合「バカ」というのに等しいが、タメさんの場合、「バカ」ではなく、実践的食通「本物」らしい。
タメさんが押すなら間違いない、だろう。
さて店内も今時のものだ。
けど、それほどケレン味があるわけではない。
掘りごたつ式のテーブルについて、そこに一皿。
こいつがイサキの真子、白子の煮つけ。
「煮つけなのか」とやや落胆して箸をつけたら、この味つけがただものではない。
見事なのである。
この一皿でどんどん期待がふくらんでくる。
なぜなら、シイラ、アイゴなど夏魚の卵を浜田人は好んで食べるのだ。
それを素直に最初の一皿にしている。
刺身はイサキ、ヒラメ、本マグロ。
たぶんこの総てが地物である。
みな脂がのって、うまい。
そこにアカアマダイの塩焼き。
なんとなく技巧派のボクサーのような打ち出し方だ。
ここで一悶着。
イッチャンが「ボクのは小さい」と文句を言い始めたのだ。
そろそろイッチャンも大人になって欲しいものだと思いながら、口に運んだアマダイの一切れが口の中で一閃。
「うんんーーん」とうなるぐらいにうまい。
ここでふと勘定が心配になり、タメさんに聞くと、「大丈夫3千円ですから」。
東京では、このアカアマダイの焼きものだけで、それくらいしそうではないか。
そしてイサキの煮つけ。
塩焼きではなく、煮つけというのが海辺の町らしい。
居合わせたダンキチさんも、カールさんも、松さんもかなり感激している様子。
ヒーフーミーヨ、4品総てがうまい。
「うまいですね」
なんて話していたら、実は最後にもっと強烈な一品がきた。
焼いたアマダイのだしでたいた雑炊である。
味つけが絶妙。
ほどよい塩加減にアマダイの旨みが生きている。
だいたい酒を飲むと炭水化物をとらない主義のボクであるが、ついつい土鍋からお代わりをすくい取ってしまう。
まことにうまいとしかいいようがない。
浜田市は東京から遠いのだ。
石見空港を利用しても、出雲空港で松江観光のついでに寄るにしても遠い。
旅費だけでかなり懐が痛みそうだ。
けれども、その旅費を払っても、来る価値大の店なのである。
海旬 島根県浜田市田町1647 松本アパート 1F電話0855-23-2906
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