じっとしていると睡魔が襲ってきそうである。汀にそって歩く。対岸にはカブトガニ博物館や老人医療の建物が見える。今は満潮らしく潮の流れはなく澄んだ海の中、護岸、杭を見て回るが生き物は見つけられない。
港の先端に艀があって、そこへ渡ってみる。停泊する船はみな小型である。やや大き目なのが底引き網の船だ。底引き船の艫(最後部)にはケタがぶら下がっている。ケタは海底をひっかいていく器具である。このケタを季節や漁獲物によって替えていくのだろう。
誰もいないと思ったら、コトンと音がして、生け簀から何かをすくおうとしている人を見つける。船の名前は延栄丸。「おはようございます」と声をかけてみる。
その老人はにこやかに「おおっ」と言ったように思えた。
船から下りてきて、艀を歩きながら
「どこから来たんかね」
老人の顔は強い日差しを受けて眩しそうだ。
「東京です」
「そうか、それはそれは遠いところから」
生け簀からすくい上げていたのは「真がに(ガザミ)」であったようだ。発泡の箱から微かに音が聞こえる。
「大漁でした」と問うと
「今日はようとれた(たくさんとれた)」
お願いして発泡の中を見せてもらう。そこにはやはり「真がに(ガザミ)」と「にし(アカニシ)」が入っている。
「東京から……、今日は23匹頼まれてな。まだ5つつばかり泳いどるから……」
「はい?」
老人はまた船に飛び乗り(本当に飛び乗ったのだ)、生け簀をのぞき込む。このとき地元の妹尾さんが来てくれる。そしてこの老人が高丸さんというお名前であるのを知る。でもにこやかに話す言葉の意味がくみ取れない。
妹尾さんを介して聞いてみると「今日はガザミが大漁であった。市場にもいっぱい卸したし、頼まれていた23匹を除いてもまだ生け簀には5匹は残る。せっかく東京から来てくれたなら残りのガザミはあげるよ」と言うことらしい。
両岸にはうっそうと茂る黒緑の木々、その真ん中を大河のように海が濃く黒く、粘液質に緩やかにノタリノタリとうねっている。この緩やかな海のうねりが艀なので浮遊感を生む。そこに正午前なのに真夏のような眩しい光線が降り注ぐ。これがサワサワと寝不足の頭に騒がしい。目の前には優しく笑っている高丸老人の顔があって、これは本当に現(うつつ)だろうかと誰かに問い掛けてみたくなる。
レジ袋いっぱいのガザミをいただく。
「ありがとうございます」
これはガザミをもらった以上に高丸さんの優しさに感謝、というもの。
「また来ますので、お元気で漁を続けてください」
「また笠岡に来てな」
高丸さんは小型トラックで港を後にした。
ヒモマキバイさんはなかなか戻ってこないのをいぶかしがって、走ってくる。袋に入ったガザミを見せながらケータイで時刻を確認する。11時を過ぎたばかりだ。16日の夜9時半にきんのり丸さんに会い、ヒモマキバイさんと落ち合って、中央、名神、中国自動車道、山陽自動車道と走り、岡山へ。岡山の市場を見て回り、笠岡に来た。岡山に着いてからまだ6時間しか経っていない。しかしなんと濃厚かつ盛りだくさんの4分の1日であることだろう。
組合の建物までもどると、きんのり丸さんの顔がやや浮腫んで見える。これは持病の通風のせいもあるが、タバコの吸いすぎが原因ではないだろうか? そろそろ、危険な喫煙はやめてもらいたい。それに反してヒモマキバイさんの顔には疲労の影は見えないである。後々のことになるが、ヒモマキバイさんの底力に驚嘆することになる。
妹尾さん、笠岡湾漁協の方達にお別れして、また山陽道に入る。そこからは一路、倉敷へ。正午過ぎには倉敷市酒津の武内立爾さんのお宅にたどり着く。
●笠岡湾漁協「瀬戸の市」は営業時間9時から午後1時まで、水曜、日曜、祝日が休み。6月16日の状況から鑑みると早めに行くことをおすすめする。
笠岡湾漁業協同組合 電話0865-67-2076
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
http://www.zukan-bouz.com/