鳥取市と言えば『駅前市場』と『太平マーケット』だろう。20年以上前のことだが、このふたつの市場での一時が楽しかった。それこそ溢れんばかりの魚貝類があり、また鳥取市自体が街らしいざわついた、喧噪のなかにあって活気があった。
そんな駅前を早朝に通り過ぎたときに、「なかったのだ」駅前市場が。
駅自体が平面的で無機質なものとなってしまっていて、その昔の庶民的な温もりが欠片ほども見えない。確か、あれは20年ほど前のことだったろうか? 周辺のスピーカーから流れてくる歌に「斉藤由貴だね」という女子高生の話が耳に残っている。
鳥取空港からジェット機で帰る予定で、残り時間からするとどこに立ち寄るのも中途半端だったのだ。バス停のあるベンチから見た駅前が、ごみごみしてだから活気があった。
岩美町から川上寿郎さんに送って頂いて、駅前の郵便局の前で下ろしてもらった。その広い道路の向こう側が駅前に当たるはずだけど、そこにあるのは駐車場くらい。とにかく道を渡って市場を探す。鳥取は、この広い道路を渡るとやや寂しく、静かだ。家の前で掃除をしている女性に、聞くと、「そこですよ」と指をさす。でもそこには何もなく、まさかここに市場なんてあるとは思えない。そしてほんの数十秒で「駅前市場」の看板を発見する。
この建物は、外見からはまったく市場らしい雰囲気をもっていない。もしも市場らしさ、生活の温かさを感じさせるものを求めてくるとしたら最低の代物だ。なぜ、このような設計にしたのか、理解にくるしむ。たぶん中に入る店の人たちは、建物の作りには無関心だったのだろう。
建物に向かって左側にあるのが食堂だけど、なんだか雰囲気は会社の食堂もしくは今時のチェーン食堂のようだ。このようなへたくそな造りを考えるヤカラは存在自体が理解できない。そして市場内もダメだな。がらんとして薄ら寒い。その昔のゴチャゴチャした、有機的なよさがまったくない。もっと機能的で、しかも暖かみのあるものに出来ないのだろうか?
まあ建物批判ばかりしていても致し方ないだろう。現代の建築家、設計者が人としての温かみや、使い勝手のよさをどんどん忘れ去って、無機質になってしまっているのは止めようがない。
その天井が低く、広い市場内にある店舗は明らかに20年前の半数くらいに見える。午後3時過ぎということで、まだまだ夕飯の買い物には間があるためか、人影もまばらである。
とにかく市場に来たからにはと、鮮魚店を端から見て歩く。うれしいのは、店頭の魚貝類が生きのいいものばかりだし、また値段も安い。魚の表示が、地元の呼び名なのもいいねー。
「のどくろ(アカムツ)」100グラム380円、網代港の「白はた(ハタハタ)」100グラム130円なんて、関東では卸値以下ではないか? こんなものを見てしまうと、唐突に鳥取市に住まいしたくなる。
エビも「もさ(クロザコエビ)」100グラム500円、「赤えび(ホッコクアカエビ)」100グラム400円と並んでいる。「どぎ(ノロゲンゲ)」、生のホタルイカがいるのも産地ならではのこと。大きく変わってしまった駅前市場には失望感を感じたが、そこに並ぶ魚貝類はやはり素晴らしい。
駅前市場を出てこんどは『太平マーケット』まで歩く。鳥取市の道路は駅から放射線状に伸びている。そのほんの駅から数分のところで「太平マーケット」の文字を発見する。
しかしそこにあるのは全国展開の居酒屋チェーン店であり、通りから路地に回ってやっと入り口を見つけることができた。この入り口から地下の通路状の『太平マーケット』に下りる。
下りて直ぐのところに干物が並び、「松葉がに(ズワイガニ)」の水槽がある。これが『浜下商店』という店で、その先に続くはずの市場がない。『太平マーケット』にあるのはこのたった一軒の店だけなのだろうか?
一度、地上にもどって、回りを見渡すが、もうどこにも『太平マーケット』の入り口は見あたらないようだ。20年前には細長く魚屋が並んでいた賑やかな地下市場、それが一店舗を除いて消滅してしまっているようである。
なんだか寂しくなって『たくみ工芸店』まで歩く。せっかくここまで来たのだから鳥取の焼き物を一個だけ買おうと思ったのだ。彼の柳宗悦の周辺にある民芸系の器はあまり好きではない。とくに鳥取、島根のものはどうにも琴線に触れるものが見つからない。今回も『たくみ工芸店』を端から端まで見て回り、やはり好みの器が見つからない。でも市内の市場の凋落を見て、なんだか寂しくなって、その中でももっとも簡素な六角皿を買い求める。鳥取県青谷町山根の石原幸二さん作のもの。この器には、ボクを惹きつける何かがある。
さて、深夜バスで鳥取に降り立って、9時間以上経っている。そろそろ明日に備えて、宿にたどり着かねばならない。鳥取駅から極端に本数の少ない山陰本線に乗り込み松江を目差す。
鳥取駅前市場
http://www.ekimaeichiba.net/
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
http://www.zukan-bouz.com/
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