さて『以ば昇』に戻る。
タクシーはデパートなどを見ながら賑やかな大通りから路地に入る。
周りは夜を思わせる飲食店が並んでいて、雑居ビルが林立する。
そこ雑居ビルに挟まれるように古めかしい木造の店があって、これが『以ば昇』であった。
暖簾の中がうかがい知れない。
ひとりで入って大丈夫なのか心配になって、降りるときにタクシーの運転手さんに、「ひとりで入るの恐い感じですね」ときく。
「いやいや地元の人でも気軽に行く店ですから、大丈夫です。それより早う入らんと席がなくなります」
このときまだ正午には間があった。
暖簾をくぐると右手に帳場というのか、人がいて、通路が奥に続く。
その通路の右手に椅子席。
いかにも「仲居(特にこの表現を使う)」さんという女性がボクを奥に、左右に座敷があって、そまた奥の座敷に上がる。
薄暗い座敷で、明かり取りの障子に照明が余計に暗さを演出しているかのようだ。
そこには塗り物の座卓があり、楊枝や山椒と、「御献立」がある。
目差すもの「櫃まぶし」(2200円)をお願いしてぽつねんと間を持てあます。
この時間に絶えられなくなってビールを追加。
猛暑のなかを汗みずくになって歩き回って、このビールがうますぎる。
待つこと10分ほどして「櫃まぶし」がやってくる。
「櫃まぶし」とは当たり前だけど“櫃に入っている”、“うな重構造の上に刻んだウナギの蒲焼きがのっている”、“ウナギは地焼き(蒸さない)”、“海苔が散らしてある”というのが基本であるらしい。
そして「仲居さん」から説明を受ける。
「最初の一ぱい目は、このままで、二はい目は薬味(ねぎとワサビ)をのせて、三ばい目はお茶漬けで食べてください」
ここで、今度は『以ば昇』の基本的な情報を書いておく。
参考文献は『月刊 サライ』1992年3月5日号。
創業は明治41年。
何代か前の木村市三郎が「櫃まぶし」を終戦後に考案した。
【その当時、ウナギの養殖は始まったばかり、養殖天然などウナギの質にバラツキがあった】
【このばらついたウナギを使わないと商売にならないと判断して、蒲焼きにして刻んでしまうというのを考案した】
これを「名古屋名物にまでしたのが次代の木村次郎」。
たぶん工夫とは薬味であったり、茶漬けにしたりする、ということだろう。
『以ば昇』の蒲焼きは頭を落として、長いまま5本ほどを串に刺し、焼く。
途中蒸しの工程がない地焼きで、蒲焼きの場合は1本を4、5等分に切るのだけど、「櫃まぶし」はもっと細かく刻んでしまう。
そのまま茶碗によそおった一ぱい目は香ばしくて、やや甘めのタレなので濃厚なうまさとなっている。
薬味を加えた二はい目は、この濃厚さを適度に中和してくれる。
疲れていなければ、間違いなく、そのままの方がうまかったろうけど、今回は薬味ありの方がよかった。
ただねぎの存在には疑問を感じる。
ねぎとウナギの蒲焼きの相性、よくないように思うのだけれど。
むしろワサビがたっぷりと欲しい。
とどめのお茶漬けだけど、面白い味わいである。
甘いタレにウナギの脂、そこにねぎとワサビをのせて、煎茶をそそぐ。
さらさらとウナギの蒲焼きのお吸い物とご飯をかき込んでいる。
ウナギの蒲焼きでお茶漬けとはうまいものなのだな、という発見がある。
しかもお茶漬けには地焼きの方がいいに違いない。
2200円の「櫃まぶし」、思った以上にうまいものであった。
この値段は安いだろう。
値段のほどよさも名古屋というところ、名古屋人の優れているところ、美点であると思う。
ボクは近年名古屋に夢中なのである。
「櫃まぶし」を食べたら、多少元気がもどってきた。
もう少し名古屋を歩いてみることに決めたのだ。
2008年7月10日
愛知県名古屋市中区錦3-13-22
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑(いちばぎょかいるいずかん)へ
http://www.zukan-bouz.com/
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