『満月』の基本的な品書きワンタンメンは、待つこともなくやってきた。スープはしょうゆベースで微かに濁っている。やや太めのストレート麺にチャーシューとメンマ、ネギが散らしていて、ワンタンが見え隠れしている。
スープは明らかに魚介系で、独特の風味がありこれは「とびうおの焼き干し」からくるものらしい。ここにほんの少し渋みが感じられるが、これはスープを取るときの温度が高いせいかも知れない。とにもかくにも十二分にうまい汁である。
この汁と一緒にすくおうとして、するりと逃げていくのがワンタン。ワンタンは極限にまで薄く、軟らかい。つるりと舌の上をすべり、なかの挽肉のうま味だけが残る。いい感じの口中からの消滅の仕方である。麺はストレートで小麦粉のうま味があり、のどごしも実にいい。ややスープと絡みにくく感じるがこれでいいのかも知れない。
要するに実に美味しい。「酒田市のラーメンに外れなし」というが、さていかに。先々、酒田市のラーメン店ののれんをくぐるのが楽しみである。
『満月』は市街地からは外れた場所にあり、比較的道幅のある道路に面している。昭和30年代創業の老舗で「酒田ラーメン」の名店として知られている。
「酒田ラーメン」の歴史は大正末年に始まるという。昭和2年にはラーメンを出す店が増えたと言うから、酒田の「ラーメン史」は国内でももっとも古い。古くは煮干しと昆布でとったスープであったが、ここに「とびうおの焼き干し(主にホソトビウオ)」が高度成長期に加わり、いっそう奥の深い味わいのスープになったようだ。塩味もあったようだが、現在の主流はしょうゆ味。ここに太めの麺というのが「酒田ラーメン」の基本形のように思われる。
また戦前から「ワンタン」と「支那そば」を出す店があり、当然ワンタンメンの歴史も古い。「酒田ラーメン」はワンタンメンも含めた言語であるということも明記しておきたい。
国内でも喜多方をはじめ地名を冠するラーメンは多いが、酒田市のように、「土地柄を大いに反映し、統一感のあるもの」はない、のではないだろうか? ここに酒田市の食の財産、「本物」を見つけた気がする。
ちなみに、酒田市のラーメンの世界にワンタンを持ち込んだのは中国の方。昭和初年頃には「支那そば」と「ワンタン」が別々にあったようだ。この「支那そば」と「ワンタン」を一緒にしたのが「ワンタンメン」。昭和13年創業の『来々軒』がワンタンメン発祥の店であるようだ。ここからワンタンメンを出す店が増えた。その一軒が日吉町にあった『満月』で、そののれん分けをしたのが現『満月』であるようだ。
品書きには「中華(ラーメン、)」に「チャーシューメン」、「スタミナラーメン」などラーメン一式に、「ワンタン」、そして「ワンタンメン」がある。なかでも一番人気が基本的な品書きである「ワンタンメン」らしい。
店はいかにも地方都市の郊外にありそうな平凡な造りである。真四角に張り出した入り口には三方に引き戸。入ると左手に厨房とカウンター、右手にテーブルがある。
家族経営ならではの接客で、居心地がよい。厨房内にも緊迫感はなく、テーブルについてワンタンメンを居心地良く待っていることが出来るのもいい。
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