日曜日、太郎がポツリと言ったのだ。「父ちゃん、父ちゃんのお腹がメロンパンだったらいいのにな」。
……なんだろうな太郎は。どうもこの緑のポロシャツがそんなことを考えさせたのだろうか? 考えてみると、このコバルトグリーンのポロシャツは知り合いの寿司屋のオヤジからもらったのだ。確か、ゴルフの景品でもらったら大きすぎたのだとか、なんでボクにくれるのか、と聞くと
「XLだからね。母ちゃんが捨てるのはもったいないと取って置いたんだけどね。こんど店を移転するだろ。出てきたんだって。それでさ、あんたいつもボロで汚いの着てるよね。それを母ちゃんが思いだしたわけよ。かわいそうだっていつも言ってたんだよね」
無言で聞いていて、無言でありがたくいただきましたよ。脇で「似合うねきっと」なんて無責任なバカが言う。これが、だいたいこの寿司屋の性格は知っているし、ここでいらないというと、でかすぎる母ちゃんに「何を生意気なデブが」と恐い顔でにらまれるに違いない。そんな無用な争いは避けられる年頃になったんだな、と感慨深くもあるし、人生を振り返ると涙がこぼれてくる。でもぐっと泣くのは我慢。涙なんか見せると、このおバカな夫婦にありがたがっていると誤解されかねない。
そして持ち帰ったこのポロシャツが着ていて心地よいというか、きっと高いんだろうな。「シャンブー」でもない、なんか文字が書いてあるし。コバルトグリーンじゃ外には着ていけないけど、まあ高価な部屋着というところか。
そのXLがはじけんばかりになったいるのが我が腹なんだけど、どうしてこうなったかというと、最初のきっかけは太郎にある。太郎はメロンパンが好きだ。考えてみるとまだはいはいしていた頃から好きなんだな。でもただのメロンパン好きではないのだ。なんとメロンパンの緑の表面が好きで、なかはまったく見向きもしない。
その中の部分。グリーンのペンキを塗ったヘルメットがはげ落ちて白と緑のだんだらになっている。その昔、革●派とか革●協とかいうのが大学のキャンパスで「フンッグァーフンッガアアアアアー、ウヒャー」なんて拡声器で吠えていたけど、そヤツラがかぶっていたヘルメットを思い出す色合い。これがボリューム満点なのだ。太郎が大好きなメロンパンを食べると、お父の腹がふくれていく。この悲しい現実に気づいたのは10年以上後のこと。思えばボクは鈍い人間なのだ。
表面を取り去ったメロンパン、最初はまずくて悲しかったのが、吟味して買ってくるようになって、好きになってしまったから不思議だ。一日に4〜5個、太郎が食べる中身を全部平らげていたのだから腹も出るはずだろう。そのうち「太郎、そろそろメロンパン買ってきてやろうか」なんておねだりするようになってしまった。人間落ちるときはキリがない。
そして、また今日のこと、失礼極まりない寿司屋夫婦がほいと寄こしたものがある。これがまた超・超・失礼極まりないではないか、「スタイリー」というのだろうか、20年以上前に通販で買ったんだという代物。「あんたには必要よ」とおっ母が言うのだ、そのデカイ口、そのデカイ態度。この不思議なやせる道具もまたやたらデカイ。ダンボールの大きさが1畳くらいある。それに重い。鉄パイプに乗って身体をそらしている外国人の姉ちゃんのちょうど口の当たりが裂けているのも不気味だ。忌まわしい、呪いをかけられそうになっている皇子様のようだ。「ぼくをカエルに変えないで」とでも言ってやろうか。
「ありがとう」といってそのまま市場に置いてきたんだけど、誰か拾っただろうか? 見つけたらただであげる。ということで、明日、市場に行くのが恐いのだ。あのデカイ段ボール、まさかあのまま、あそこにあったら、どうしましょ。ボクは今、人生でいちばん危険な状態にあるのかも知れないのだ。助けて!
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