まつ浅が執念をこめて作る「さばのしょうゆ干し」

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『まつ浅』は八王子大和田のいたって平凡なそば屋である。カツ丼もサンマーメンも、もちろんそばだって、味がいいので評判なのだ。でも、この店の通称浅やんを有名にしているのが、食いしん坊釣り師としてなのである。なにしろ「うまい魚しか釣らない」というまっとうな沖釣り師なのである。今時の「釣りはスポーツだ」なんていう風潮は大嫌い。釣った魚をいかにうまく食うかというのが、この男の主題になる。

 その浅やんお勧めは数あれど、最近一押しなのが、「さばのしょうゆ干し」。この作り方が凄まじい。
 まずは秘伝の醤油ダレを作る。「どうやって作るの」と聞くと、「教えるわけないだろ」とけんもほろろ。たぶん、そば屋だからしょうゆにみりんかな。それを大きめのタッパーに入れて大磯の沖合にある「瀬の海」に船出するのだ。この船の本命は当然、マアジ。

「最初にね。アジは必要なだけ釣るわけ(これは自慢である)。今の時期のアジもうまいからね。だいたいそこそこアジを釣って、もういいかなとなる。そしたらさ、うわっかた(浅いところ)を走っているサバを狙うの。今の時期はね、底にいるサバはうまかねえ。上のがいいの。水面近くにカタクチイワシがいっぱい群れているの。これをいっぱい食ってるからかね。上にいるサバがうまいの」
 どうやら「上にいるサバ=ゴマサバ」、「底にいるサバ=マサバ」であるようだ。
「釣り上げるだろ。そしたらさ、すぐに頭落とすの、そして開いて、しょうゆの中に放り込む。まだ身はいかってる(生きている)だろ、しょうゆのなかでクククっと反り返えってくるのさ。しょうゆをすってるんだろうね」

 大変な代物をもらい受けたものである。でも今夜の晩酌、肴はこれしかない。
 夕食の支度が終わり、落ち着いたところでサバを焼く。身の方から焼き始めたら、驚いたことに身がクククっと反り返り始めた。
 これはいきなり海の中から釣り上げられたゴマサバが、「いやだいやだ」と思っている内に、頭をストン、身をばんと開かれてしまう。「私、死んだの」と気づく間もなくしょうゆ地獄に放り込まれてしまって、頭がないので泣くに泣かれない。きっと「私つらいわ、つらいわ」と泣いてるんだろう。それに浅やんのあまりの早業に「死んでしまったんだわ」とわからなかったのかな。成仏できなかったんだろうね。その怨念がこんなガス台の上で蘇ってきたのだ。「成仏しろよ、成仏しろよ」と箸でなだめながら焼いていく。

 焼き上がると、こんがり、こんがり、それはそれは見事である。しょうゆの色合いの表を外すと中には真っ白な、それでいてプックリ盛り上がるような身がはじけている。

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 味わいの表現は難しいけど、しょうゆ味は、それほど強くない。むしろ香ばしさが鼻を通り抜けていく。そして暖冬だとは言え、2月のゴマサバにこんなに脂がのっているなんて。そう言えば高知名物「清水サバ」の旬も真冬だったな。冬のゴマサバ恐るべし。こまったことにサバがうますぎて、酒がすすまない。「佳肴とは言えませんな」なんて三遊亭圓生の長屋のご隠居風に呟いてみるが、「でもうまいね」ともしみじみ思うのである。
 しかし食いしん坊釣り師とは「凄いもの」だと浅やんに感謝するのだ。

●最後につけ加えると、八王子大和田『まつ浅』はうまいそば屋であるのだ。
まつ浅そば店 東京都八王子市大和田町6丁目12-28
市場魚貝類図鑑のゴマサバへ
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このページは、管理人が2007年2月18日 10:15に書いたブログ記事です。

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