小野川河畔にある川岸屋の前でほんの30分ほど仮眠する。6時過ぎとなって軽トラックのドアの開く音がして、そこに立っていたのが小柄でがっしりした諸岡清志さんであった。挨拶もそこそこに船着き場にトラックを走らせる。川岸屋から川まではほんの数メートルの距離しかない。川魚を入れるためのカゴやバケツを船にのせて張り網(定置網)までゆっくりと川を登る。
小野川といっても河口部は霞ヶ浦にとっての湾となっていてる。湖では当然のこと、このような川の流れ込みや、湾となっているところが魚が集まる場所でもあるわけだ。
低いエンジン音、ゆっくりと船は川面を滑っていく。最初の張り網(定置網)はやはり新古渡橋のすぐ上手であった。顔を上げると国道125号をトラックが疾走していて、ここだけ時代から取り残されているように思える。
船をもやいエンジンを切ると、岸辺から鳥の鳴く声が聞こえてくる。諸岡さんが網の先端を持ち上げると黒い魚が暴れて、水しぶきが上がる。途端に淡水特有の有機質が腐食していくときに醸される生臭いような臭いが立つ。川面は無風状態であり、ときどきキラッと魚がはねるだけで、川なのに流れがないように感じられる。
「今日は少ないずら」
最初の網を引き上げながら、諸岡さんが呟く。それでも網からは大量の魚がこぼれ落ちてくる。
「すごいタナゴですね。オオタナゴでしょうか?」
「そうだ。全部オオタナゴ。今日は少ない方だ」
オオタナゴ、アユ、モツゴ、タモロコ、ニゴイ、ハス、ブルーギル、そしてアメリカナマズ。タナゴ亜科ではオオタナゴだけで、タナゴはもとより、たくさんいたというタイリクバラタナゴすら一匹もいない。またスジエビ、テナガエビは少ない。
「エビがとれるのは6月になってからだ」
今は脱皮したばかりでエビはもっとも少ない時期だという。
張り網は川に対して直角に立て網が伸びていて、その先端に魚を集める傘の部分がつき、その三隅に袋状の網が3つついている。この袋状の細長い網にはいくつかの返し網がついていて魚が入ると後戻りできない構造になっているのだ。
「今はねちょうど漁の端境期だね。少ないずら」
3つの袋状の網を揚げても、獲物はいくらでもない。それにしてもオオタナゴは多く、本来お金になる「はや(モツゴ、タモロコ、スゴモロコ)」はほとんどとれない。
諸岡さんがバケツに水を汲み、ヌマチチブを見つけては放り込んでいる。
「これは真珠貝の産卵に使うんだ」
これは活かしておくと淡水真珠の養殖業者が買い取りに来る。後からわかったことだが淡水真珠をとるイケチョウガイは幼生期に魚に寄生する。イケチョウガイの稚貝を生産するときも、生活環を経なければならないわけで、それにもっとも適したのがヌマチチブなのだという。
次の網には1メートルを超えるハクレンが入っている。そのせいか他の獲物が少ない。またここでウナギと雷魚(カムルチー)がはいる。
「こいつ(ハクレン)の腹側の身はクセがなくてうまいだべ」
網についているゴミを落としながら
「これワカサギの稚魚だ」
2センチ足らずの稚魚が網にひらひら突き刺さっている。今年は例年になくワカサギの稚魚が多いのだという。
ヘラブナ(ゲンゴロウブナ)、真ブナ(ギンブナ)、キンブナ、オイカワ、スズキの稚魚にボラの稚魚、「ごろ(アシシロハゼ、ヌマチチブ、ウキゴリ)。それにしても本日の水揚げは少なく、まったくなにも入っていない網もある。
「穏やかな日はだいたい漁が少ないべ」
漁はほんの30分ほどで終わりとなる。
「これじゃ小売(行商)もこねだ」
水揚げされた魚はときに川魚問屋にも売るが、ほとんどは小売(行商)に卸す。
まだまだ霞ヶ浦あたりでは自宅で川魚の佃煮を作る。また、エビのみそ汁、汁(エビを潰して作る)、小アユの唐揚げ、「たっとう煮」という軽く醤油で煮つける料理も作られているようだ。
最初は口の重かった諸岡さんも漁の話など徐々に話してくれるようになった。船を船着き場につけて、生け簀から大きなギンブナをすくい出す。
「ほうら、これ見っべ。真ブナのオスだ。ほとんど見たことなかっただが、ここ3日くらいで2匹もとれただ」
諸岡さんがギンブナを抱えると、白い液体が流れ出してくる。これは紛れもなくギンブナのオスである。鰓ぶたの上には追い星が出ている。
獲物を自宅に持ち帰り、水場で選別にかかる。オオタナゴ、ブルーギル、アメリカナマズは廃棄。鳥の餌用にミール工場行きとなる。モツゴ、タモロコ、アユ、エビ類は小売り(行商)へ本来は売るのだが、「今日は少ないから来ないだろう」という。ウナギとカムルチーは生け簀に入れて「買いに来る人のあるまでおいておく」のだという。
「6月はエビだし、9月には毎日何十キロもウナギがとれるだけんど、今は少ないだね」
「アメリカナマズは食べないんですか」
かたわらで魚の選別をしている奥さんが
「橋の向こうに、これを出してる店があっけど、この辺じゃまったく食わねえな。食べてみっとおいしいけどね」
食べると決してまずい魚じゃないというが、なかなか食べようと言う気にならないのだとか。
8時過ぎにフィッシュミール会社のトラックがくる。そこにブルーギル、アメリカナマズなどを無造作に放り込まれ、「鳥の餌になんだ」とうのこと。
トラックはもの凄い匂いをさせて去っていった。
参考文献/『平成調査 新・霞ヶ浦の魚たち』霞ヶ浦市民協会
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