笠岡の湾を渡って西側の神島というのは名にあるごとく、島であったが江戸時代後期、天領となってからの干拓で半島の先端と化してしまったようだ。この干拓は1990年まで続いたもので、その遙か前から減反政策がとられていたことを鑑みると、「本当に必要な事業であったのか疑問」である。
さて神島大橋からくだって、道を湾の方に左折。そこにいかにもこぢんまりした静かな笠岡湾漁業協同組合、そして港がある。漁協の建物は小さく、その駐車場を挟んで「瀬戸の市」直売所がある。これも思わず可愛らしいと思えるほど小さいのがいい。ボクはこのように背伸びしない、ほどのよい大きさの港や漁協が大好きである。
直売所の前には赤い幟があるが、人影はなく、掃除している女性がひとり。クルマをとめるや、とにかく直売所に飛び込む。そこに残っていたのがシャコ、ねぶと(テンジクダイ)、ぎき(ヒイラギ)の3パックだけ。
妹尾さん、きんのり丸さん、ヒモマキバイさんも来て、がらんとした店内でしばし無言。
「今日はいっぱいあったんじゃけんど」
レジにいた女性が遅れてきたボクたちを見て残念がった。(このあたりの訛りは四国出身のボクには懐かしい感じがする)
店内に入って右手には野菜が置かれていて、春植えのキャベツにたくあん(すっぱい昔ながらのもの)、みそ(麦麹みそ)などもある。中央に魚貝類があるはずであるが、まあ根こそぎ売り切れてしまったという状況だ。
「あと3つじゃけん、買っていきませんか? お安くするよ」
旅の途中ではそれも無理だろう? ボクは諦めて、味噌と真黄色のたくあんをレジに持ち込む。この黄色いたくあんは昔ながらの「こおこ(こんこ)」と言うヤツで、明らかに酸っぱいはず。また水分の多い麦味噌も西日本にしかないものだ。
中に入ってグルリと見回しても、まことにこの店内は好ましいものだ。特に魚だけではなく野菜や漬物、味噌などがあるのが理想的市の形態とでもいえる。きっと魚につきものの青じそや、そろそろミョウガなどが出るだろうし、盛夏ともなれば夏野菜の漬物などが並びそうだ。これから後の話となるが17日に見て回った日生の無駄に大きい建物、また商売っけたっぷりの売り手とくらべて、この「瀬戸の市」のなんと清々しいことか。
なすすべもなく店内を歩いていると、きんのり丸さんから「ヒモマキバイさんがシャコ買って、茹でてもらうって」と声がかかる。
レジの方でヒモマキバイさんがお金を払っているところだ。このあたりのヒモマキバイさんの閃きは素晴らしい。ひょっとして“魚貝類を探す旅”の天才かも知れない。
レジの女性が組合の建物に向かって「これ炊いてください」というと、中から出てきてくれたのが吉田さんという名人。ほとんど同時に組合の建物に入ってみるとシャコはもう、8分どおり炊きあがっている。その鍋には醤油の香りがして、茹でているのではなく、炊いている(関西、西日本では“炊く”と“煮る”を使い分けない)のだなとわかる。
これをヒモマキバイさんが建物の前に持ち込み、3人であぐらをかいて手づかみでむさぼり食らう。産卵後かもしれないがシャコには身がつまっている。
そこにまだ卵を抱えているのがいて、妹尾さんがそれを見て
「オレはこの時期の硬い卵が好っきゃな」
そうか、考えてみると硬くなり過ぎているもののこの時期のシャコの卵は噛みしめると味がある。さすがにシャコひとつ食うにも産地のひとの言葉は重いのだ。ヒモマキバイさんの「シャコの剥き方がわからないんですけど」という甘えた問い掛けに、吉田がハサミも使わないでキレイに剥き上げていってくれる。手でどうやって剥いているのか、じっくり見ておけばよかったのだが、それ以上にシャコを食うのに忙しい。「ダメだよヒモマキさん、甘えちゃ」と言いながらついついボクも剥いてくれたのに手が出るのだ。
吉田さんがなんと手で剥いてくれたもの。吉田さんにはシャコを炊いて頂いた上に、シャコの殻剥きまでやっていただいた。ありがとうございました。
シャコの卵巣は東京では「かつぶし」なんて言う。岡山ではなんと呼ぶのだろう
コンクリートのプランターの上に発泡トレイ、それを囲んで胡座をかく3人の男。それはなかなか奇異なものだったようだ。現在の湾漁協の組合長さんも来て笑って見ている。よく見ると、直売所の女性もシャコを炊いてくれた女性も笑っているのだ。でもこのシャコのうまさは、そんなことを気にしている余裕を与えてくれない。
「シャコはな、これからまたうもうなるけんな」
ああ、またここに来てシャコをむさぼり食いたい。目の前のヒモマキバイさんの目がきらきら輝いている。
手のベトベトをズボンで拭き拭きしていると、きんのり丸さんが「手を洗いたいんですけど」と宣う。こんな几帳面なところが女性の好感度大につながるのだろう。持てる男にボクもなりたい。ボクはズボンで充分だと思ったが真似をして仕方なく手を洗う。
しかし、このシャコはうますぎる。どうしてもそのワケを知りたくて、笠岡湾漁協に電話を入れてみる。すると偶然にもシャコを炊いてくれた吉田さんが電話をとってくれたのだ。
「シャコはね。業者の方はたっぷりのお湯で茹でるでしょう。でもここらではシャコを洗って、水は一滴も入れないんです。少量の酒を入れて、それからね。風味をつけるための醤油も加えてさっと炊くんです。炊きすぎると身が抜けてしまいますね」
きんのり丸さんが手を洗わせてもらっているのを見ていて気がついたのだが、この笠岡の女性達はみな美人揃いだ。これが20年も前だったら心ときめいただろうな。
組合の建物から港が続く、その先には小型底引き船が繋留してある。
「夏にはエビ漁になる」
組合長の指し示す方向に向かって湾内の護岸についた貝を探しながら歩いていく。
●笠岡湾漁協「瀬戸の市」は営業時間9時から午後1時まで、水曜、日曜、祝日が休み。6月16日の状況から早めに行くことをおすすめする。
笠岡湾漁業協同組合 電話0865-67-2076
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
http://www.zukan-bouz.com/
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