築地場内には、“ここにしかない”という専門店がある。それが天ぷら種を専門に扱う仲卸だ。
シロギス、マハゼ、ウロハゼ、ギンポ、「めごち」各種、マアナゴに小柱(バカガイの貝柱)、クルマエビにクマエビにシバエビ、その他エビ多種。年間を通じてみるとその多彩さが光っている。そんな築地場内天ぷら種屋でも絶対に見つけられないもの、それがベニテグリである。
天ぷら種で「めごち」というのは、決して一種類の魚をさすわけではない。スズキ目ネズッポ亜目ネズッポ科に属する魚の総称である。そして江戸前の「めごち」というと、前海である東京湾のせいぜい10メートル〜20メートルの浅い海であがっていた小魚のひとつだ(今では東京湾であがる「めごち」も少なくなっている)。
対するに今回の主役ベニテグリが棲むのは深海である。深い海底に棲むネズッポ科というと、ベニテグリとヨメゴチの2種。しかもある程度まとまって上がるのはベニテグリだけという変わり種でもある。
国内でも指折りの深海底引き網の基地、戸田の船に乗り込む。ソコダラやハシキンメに混ざって150〜200メートルの深海から上がってくるベニテグリの美しさはまるで宝石のように見える。
残念ながら、これが魚貝類の中でも価値あるものだと知る人は少なく、沼津魚市場の競り人でも狙う人は少ない。だから狙う人がかち合わない限り値段もそれほど高くないわけで、きっと狙い通りに競り落としたらさぞやうれしいはずである。
今回のものは沼津魚市場の競り人、『菊貞・山丁』菊地利雄さんから送って頂いたもの。菊地さんもベニテグリの味を知る少数派である。
新しいものなら刺身にしてもいい。また昆布締めもうまいのだ。でもやはり、ベニテグリも「めごち」であることには違いがない。やはり天ぷらにするのが一番うまい。
からっと揚げたベニテグリの天ぷらはまことに美しい。江戸前の「めごち」が黒く灰色であるのに対して華やかにさえ感じる。また身の味わいはホクホクと甘味があって、しかも上品である。面白いのは赤い皮目からアマダイなどと同じような香りがすることだ。この香りがベニテグリの味の価値をより高めている。
美しくて、味が上品で、というと「めごち」でも最上級ではないか、そう思えてくる。でもこれがちょっと違うのである。ネズミゴチなど「めごち」が、なぜ天ぷら種として優秀なのか? それは油で揚げたときに独特の風味があるためだ。ベニテグリの味わいにそれほど強い個性はない。
とすれば、とれる量の少なさもあって、天ぷら種でも“かわり種”であり、やはり定番とはならないだろう。もしもボクが天ぷら屋の職人であったとする。ベニテグリは、毎日欲しい種ではなく、ときどき仕入れるほどのものだと感じる。例えば週に一度。この“かわり種”のひとつとしてベニテグリは大きな価値を持つ。客として天ぷら屋のカウンターに座ったとき、いつもの種に赤い「めごち」が来たらうれしいはずだ。
「貝柱とまき(クルマエビ)、めごちにきす(シロギス)、穴子、墨いか(コウイカ)」、あとは野菜があればいい、そんな天ぷら屋は面白みがない。天ぷらという料理はいかようにも“遊び”が取り入れられる。
ベニテグリを知る仲買は今のところほとんどいないだろう。産地の沼津、愛知県三河、三重県尾鷲でも、築地(中央)まで送って意味があるものか、わかっていないのではないかと思われる。こんな産地でも中央でも知名度の低い魚を、狙い目だと思える人はいないのだろうかねー?
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑、ベニテグリへ
http://www.zukan-bouz.com/suzuki/nezuppo/beniteguri.html
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
http://www.zukan-bouz.com/
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