「どぎ」汁の不思議な感動

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 今週初めに買い求めたノロゲンゲは富山県産であるという。箱に書かれていた魚名は「どぎ」。
「どぎ」というのは富山県から鳥取県、ひょっとしたら島根県にいたる地域での多すぎるノロゲンゲの呼び名のひとつだ。他には「げぎょ」、「げんげ」、「げんぎょ」、「水魚」、「すがよ」なんて、挙げていったらきりがなくなる。
「げぎょ」、「げんげ」などは「下級な」と言う意味合い。「すがよ」は秋田県での“氷”を“すが”というのから来ているのだろう。透明な寒天質の部分を氷に見立てたもの。ところが「どぎ」に関して辞書などで調べても、まったく調べる手だてがない。こういった由来不明の言語を渋澤敬三などは一次的魚名と定義していたのではないだろうか?

 ノロゲンゲなどのスズキ目ゲンゲ亜目ゲンゲ科の特徴は、身体全体がぬるぬる柔らかいこと。身体はスズキ目であるのに一見かなり進化の低い魚のように思えるのは、この脆弱なつくりと細長い体形にある。またゲンゲの多くは深海魚であり、ノロゲンゲはこれまた深海を底曳く網でズワイガニなどとともにあがる。

 これを初めて見たのは、かなり昔のことで金沢市近江町市場だったと思う。暖冬で気温の上がった日に、市場の片隅に無造作に置かれていた。“初めて見た魚は、とにかく買って食べてみる”が信条なのだけど、触っただけでぬるぬるして、なんだか生臭そうな魚であると思って買わなかった。初めて買ったのも近江町市場であり、そこでどう呼ばれていたのか、メモを残していなかったのが痛恨のいたりだ。

 これを中一日かけて持ち帰ったものの、買った店で教わったとおりに作った汁はまことに生臭くて、以来恐れをなして、ノロゲンゲだけには近づかないようにしていた。
 その敬遠していたものの本当の味わいを知ったのは新潟県上越市片岡鮮魚店から送ってもらって、食べてからのこと。
 わかったことはノロゲンゲは鮮度が落ちやすく、また古くなったら使い物にならない、ということ。

 20年以上も前に教わったやり方は「醤油味のお吸い物くらいの汁の中に、ただ切っていれる」というもの。
 ここで肝心なのは切り身は「汁」に入れるということ。すなわち吸い物として出来上がったものにノロゲンゲを入れるのであり、水に切り身の旨味を放出しながら、すなわち「汁を作る段階」で切り身を入れるのではない、のだ。
 普通、お吸い物というのはかつお節と昆布でだしを仕立てる。この「だしをとる」必要はまったくない。
 私流(わたくしりゅう)の作り方は昆布をさしいれて、水を煮立てる。ここに酒、塩、薄口醤油で味つけする。このときの加減は「飲んでうまいな」という塩分濃度。そこに生のノロゲンゲの切り身を、肝とともに放り込むのだ。出てきたアクはよくすくい取る。
 生臭みが気になるなら生姜の絞り汁をたらす。もしくは七味唐辛子、コショウを用意する。ボクはコショウを使うのが好きだ。

 汁に放り込んだ、ノロゲンゲの切り身は一瞬にしてモヤモヤした、寒天質の衣をクルリとまとう。よくアクをとって澄んだ汁は意外なほど旨味がある。そして汁とともにすすりこむように食べる身は、モワっと頼りなく柔らかすぎるゼリー状で、なかに、これまた頼りない白身がくるまれている。ここで歯に当たるのは中骨だけだ。この身自体がうまいのか否かは今のところ、なんど食べても判然としない。

 冬の日の、寒い寒い駅からの道を帰り着いて。「どき」の汁をすすると、驚くほど身体が暖まる。まるで懐炉を胃の腑に忍ばせたような具合になる。
 この不思議な体験は食べたものにしかわからぬだろう。
 寒さ身にしみる候である。一度お試しのほどを。

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このページは、管理人が2008年1月25日 11:03に書いたブログ記事です。

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