昨日の朝、沼津のカラスガレイを持って「市場寿司 たか」の店内に入ると、炊飯器がカチャリと音を立てる。鍋には穴子(マアナゴ)が白く浮かんで見える。
「毎日、穴子だね」
「まあ、これで一日分、余ると投げ込み丼だから作ったらすぐなくなる」
そこに、カワベハムのコマちゃんが店をのぞきにきた。
「おはよう。今日は沼津のカラスガレイと大分のテングダイがあるから来いよ」
コマちゃん、知らんぷりして退場。
「たかさん、あいつ何しにきたのかな」
「まあ、すぐわかるよ」
テングダイ、カラスガレイの握りを撮影する。
「カラスガレイってすごいな」
たかさんが絶賛する。そしてテングダイの縁側のシコっとした味わい。カラスガレイの縁側と2つ並べると方やシコっとしてジワリと旨味と脂、そして甘味。カラスガレイはトロリと甘味が来て旨味もある。今日明日はこれを特ネタに使える。あとはハタハタの酢締め、こはだ、カンパチ、ホウボウ、マイワシ、そして穴子。
「あとはイカでも仕入れるのかな」
「いや魚も貝も足りないよ」
そこにまたコマちゃんがまた顔を出す。たかさんはしゃり切り中。そして出汁巻き卵の用意。
「しょうゆ入れた」
「待ってろよ」
「おい店長が胡麻売ってて、従業員が困るだろ」
と、たかさんが穴子を火から下ろす。
「あと30分くらいかな」
そして待つこと暫し。
またまたコマちゃんが来て、
「早く出してよ」
「あいよ」
コマちゃんの狙いは穴子か。一本目をバットに上げ、半分にちぎってコマちゃんと味見する。
「おう、今日の飯は穴子丼にするぜ」
コマちゃんのうれしそうな声。
羨ましそうに見ていると、ボクの前にはまだ湯気を立てている穴子の握り。何気なく口に放り込む。トロントロンと甘い、甘いなー、ホックリと穴子と醤油の微かな香り、すし飯の方が食感としては大きい。不思議なことに穴子は口に入れた途端に溶ける。もうひとつをじっくり見ると小骨がはっきり日の光の中に浮かんで見える。でも穴子の食感はどうしても感じられないのだ。
「あれ」
「そうだろ、あれ、だろ、あっれっかな。たかさん穴子丼、昼前に一丁ね」
コマちゃんはあっという間に消えていくのだ。まるでアリに砂糖、チンパンジーにバナナ、猫にマタタビ、たかさんにパチンコ屋、うどんに炭団みたいだ。
「あいつこれで穴子二人前はくっちまうんだ」
「おかしいな。穴子が口の中で溶けてさ。味だけがフワリと立つんだね」
「そうだね。煮あげたばかりだからね。少し置くと、ちょっと硬くなるんだけど、まだ溶けるようだよ。だから寿司屋じゃ、その日煮た穴子を『煮立て穴子』って言うわけ」
「でも毎日は無理だろ」
「いや穴子があれば作るよ」
ぼんやり湯気の上がる穴子を見ていると、
「だめだよ。後はお客の」
秋深し 煮立て穴子を もういっかん
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