鍋図鑑: 2007年11月アーカイブ

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 今から40年ほど前のこと。父から「美崎屋で水炊きの魚こうてこんか」と言われてお使いに行った記憶がある。
〈注釈/本当は徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)にある美崎鮮魚店。子供のとき味つけしない所謂「ちり鍋」のことを「水炊き」と言っていた。四国徳島県美馬郡で「こうてこんか」は「買ってきて」。〉
 我が故郷は山の中にあり、不思議なことに農業はほとんどなく商店街が中心の小さな町だった。町には魚屋が四軒ほどあったと記憶する。
 商店街は夕闇に包まれてきており、三味線もギターも蓄音機も売る楽器店を過ぎて、果物屋があり、和菓子も商いする人形屋があり、明治橋というだれも気づかないほどの小さな橋を渡り、食堂の隣に魚屋があった。その店々がビックリするほど煌々と明るい。美崎屋に入ると、なぜか白いタイルが目に飛び込んできて、眼の中までが真っ白になった。「鍋の魚」と言ったのだろうか、魚屋の人が「はげとぼらがあるけんど」と答えたのだ。本来はここで一度もどって「はげとぼらがあるんじゃって(あるけれど、どっちがいい)」と父に聞きに帰るべきだけど、そのまま意味もわからず「ぼら」と答えたのだった。
「ぼらもええけど、今日ははげがええけんな」
 そう言われて、素直に「はげ」にした。帰宅して父からは文句も言われず、その夕食の鍋で初めて「はげのおいしさ」に目覚めた。次に同じように鍋にする魚を買いに行くように言いつけられて、自分から「ぼらにする」と決めたのだった。そう言えばボクが料理に夢中になったのは小学3年生の頃であり、このように食料品店で買い物をするのが無類に“好き”だったのだ。ただし魚は嫌いだった。それがどうしたことか「はげとぼら」が好きになったのは、子供らしい気まぐれからだろう。
 そのとき「どうやら魚の鍋というのは“はげとぼら”を使うのが普通らしい」と思いこんでしまったのだ。
 今思うとこのときのボラは瀬戸内海からのものだろう。我が故郷から海に近い市場のある徳島市までと、瀬戸内海燧灘の香川県観音寺市まではほとんど距離が変わらない。

 さて上京してきてがっかりしたのは鍋材料に“はげとぼら”がないことだった。よくよく探せば“はげ”はある。徳島県で“はげ”というのはウマヅラハギかカワハギのこと。この旨さは関東でも比較的よく知られている。でも“ぼら”はどこにもない。ましてや“ぼら”を鍋に入れるなんて、関東人にとってはありえないことかも知れない。
 でも、なんど思い返しても子供の頃のボラは鍋に入れる魚だった。季節はたぶん晩秋のことだろう。四国とはいえ、昔は寒かったのである。今よりも何倍も冷たかった。だから鍋物が頻繁に食卓に登場した。

 そして我が家でも久方ぶりに「ボラのちり鍋」。平塚の定置網川長丸で上がった大振りのもので、その場で活け締めにしたもの。
 刺身にして、干物にして残りは鍋にした。中骨を湯通しして、良く洗い、昆布と一緒に鍋で温める。この骨から脂が浮き上がってくる。だしの表面に透明感のある脂が点々と浮いているのだが、ここに酒と塩で味つけ。

 後の材料はシメジ、三つ葉に豆腐など。とにかく大振りに切って湯通ししたボラの身を、ふうっふうう、ふううう、言いながらむさぼるように食う。あまりに大振りなので子供は持てあまし気味。まだ幼い姫などだしばっかりすすっている。なんど「最後の雑炊がなくなるぞ」といっても聞き分けないのは、それほどだしがうまいということだろう。
 驚いたことにボラの脂でだしがやや白濁してきている。そこから取りだした切り身がホロっとして甘味があり、うまいのだ。

 平塚では「そろそろボラも終わりだね」と言っていた。でも昨年のメモを見ると平塚では新年にもうまいボラが上がっているのだ。とすると我が家でも後、一、二回は「ぼらのちり鍋」が楽しめそうだ。

ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑、ボラへ
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マアナゴのちり鍋

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 マアナゴは高値安定の魚であり、主に煮アナゴを作る。この作り方は後々語るといて、今回は冷え込んできたので鍋。
 市場で大きいマアナゴを探す。これが築地でも八王子でもなかなか難しい。八王子魚市場にはもちろんなくて、八王子総合卸売センター『高野水産』にも見あたらぬ。数日経てやっと八王子綜合卸売協同組合『マル幸』で1本500グラムほどのものを見つける。これをその場で割いてもらう。忙しくなければ自宅でも割けるのだが、大きなまな板を出し、また洗うのが煩わしい。

 この前半部分は干物に仕込む。そして後半を骨切りする。この骨切りはよく切れる柳刃でハモのように皮目をほんの少し傷つけるほどに。これを一度湯引き。

 だしは酒塩、昆布だしという定番のもの。この日は姫と二人っきりで小鍋仕立てとなる。
 姫はネギトロご飯に夢中であまり鍋を食べないで、最後に鍋の汁をうまそうに飲んでいる。
 実を言うと鍋物の残った汁が淡々として、それでいながら味が濃くてうまいのである。この真逆の味わいをどう表現したらいいのだろう。我が家の鍋で汁を使わなかった、捨てると言うことは絶対にない。

 この汁が酒の肴に無類であることをご存じだろうか? ボクは淡麗辛口の酒から、島根の『王禄 本醸造』の熱燗に替えて、また一合やることにしている。

ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑、マアナゴへ
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