さかな季語事典: 2007年1月アーカイブ

 新年あけて、成人の日も終わった中日のこと。やや寂しい八王子魚市場で富さんに会った。新年の挨拶を交わして、暫し立ち話。この富さんの話が面白いのである。しかも若い頃に渡り職人をしながら自分の寿司屋を建てた人だから腕の方も、たかさん曰く“ピカイチ”だという。
「富さん、寒いね。この時期、子供の頃どんなもん食ってたわけ、新潟でさ」
「そうだな。粕汁だな。新潟じゃな、よく“すけそ”食ったんだ」
 二人の足元に青森県からのスケトウダラが並ぶ。
「田舎じゃな、あんまし鱈(マダラ)は使わないでな。“すけその粕汁”作ったの。これ買って帰ろかな。粕汁食いたくなっちまった」
「へえ、富さんが作ってたわけ」
「バカ言え、お袋さんが作ったの。朝なんか学校(がっこ)行く前に食べるだろ、これがいいんだ。寒いからね新潟は」
「へえ、粕汁は食べるものなの」
「そうだね。野菜いっぱい入ってたの、こんなくらい(手でお椀の形を作る)。思い出すよな粕汁のことでさ、いろいろさ、子供のときのことな」(富さんの朝青龍そっくりな細い目が遠くを見つめている)
「それと、たかさんから聞いたんだけど、富さんのとこ、中条静夫が常連だったって」
「知らないよ。中条静夫、知らない。誰」
「たかさんから聞いたんだ。違ってたの」
「うちにゃあんまり有名な人こないよ。来るのは、まあ三語楼(今の小さん)さんくらいかな」

 富さんと会うといつも無駄話に移ってしまう。でも粕汁っていうのが四国生まれのボクにはあまりわからない。作り方はだいたい想像がつくのだ。調べてみると『津軽の味』(芳賀文子 津軽書房)にも酒粕と味噌で作るのが載っている。それで我が家でも作ってみることにする。
 冷蔵庫をみると、ぶわたら(マダラ)と塩鮭(サケ)がある。そこに八王子市下恩方『中島酒造』でいただいた板粕。
 まず板粕を昆布だしにつける。粕が柔らかくなったら、ここに白みそ、信州味噌を加える。甘いのが好きなら白みそを多くするのがコツ。鱈、サケは湯通し、野菜も冷蔵庫に残る白菜、三浦大根とシメジ。
 鍋にうるかした粕と味噌を合わせたのも、そしてカツオ節の出汁を鍋に入れる。これを煮立たせてから魚と野菜を入れる。総て煮えたら食卓に。
 富さんが「粕汁は暖けーからよ」と言うごとく汁をすするたびに胃の腑がぬくまってくる。やや薄目の汁に塩鮭や“ぶわたら”の塩気がとてもいい加減である。この一塩の魚がまたうまいのである。野菜もキノコもたっぷり食べて、ご飯にも酒にも手が届かなくなる。
 粕汁を初めて食べたわけじゃない。東京の居酒屋でも陸奥料理を出す店があり、酒の後はいつもこれだったし、大阪では粕汁を名物にする店もある。でもあんまりうまいと思わなかったのはどうしてだろう。それと気がついたのだけれど、「粕汁は満腹になる」のである。

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寿司富 東京都八王子市上壱分方町224-5

中島酒造
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ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
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 今期も沼津の山丁・菊地利雄さんから「潮かつお(塩がつお)」が送られてきた。これを正月に向けて飾り、年が明けると少しずつ切り取り食べていくのだという。本来は保存食として作られたものであるが、新年に「勝魚」を食べる縁起の良さは、今では無病息災や開運を願って食べるのではないだろうか?
 菊地さんが送ってくれるのは「伊豆ではいちばんのものですから」と言う安良里の魚武水産の作ったもの。そのカツオは大きく、見事に脂がのっている。また干し上げたことで、カツオの身が熟成、味わいが生よりもいっそう濃厚になっている。
 この「塩かつお」、江戸時代などには一般的な海産物であった。天保期の滝沢馬琴の日記にも登場している。また沼津ではソウダガツオでも塩かつおが作られていて、こちらも美味である。
 江戸の昔から年越し魚は塩鮭と決まっていた。それが大海かけるカツオとしたところに伊豆漁民の勇壮な心意気が感じられる。ボクも今年はそれにあやかりたい。
 今年も一年がんばるぞ!

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我が家では新年に三枚に切り分け、薄切りにしておく

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これを炭火であぶって酒の肴に、お茶漬け、熱湯をそそいでお吸い物にする

潮かつおに関しては
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