漁師料理・郷土料理: 2007年11月アーカイブ

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 愛知県というのはまことに食文化の多彩な土地柄である。でもこの愛知という県を一括りにすることは不可能なのだ。ここで詳しく説明することは避けるが戦国時代を鑑みても徳川家康の三河地方(愛知県東部)と、織田信長の尾張地方(愛知県西部)はまったく別の国だったのだ。
 その16世紀前期に生まれ、後期に非業の死を遂げる織田信長や豊臣秀吉がなぜ様々な産業・行政・政治的に画期的革命を起こせたのか? その答えは簡単な県別の地図で愛知尾張地方をみるだけでわかってくる。
 例えばあれほど名を馳せた武田信玄をして閉鎖的土地柄である所以日本的な中世を脱却できずに滅び、方やまだ小大名の時期から近世の萌芽を見せた尾張人。この近世の扉を開いた原動力が河川を中心とした商業取引だっただろう。
 江戸時代、明治時、大正、昭和までも流通を支えてきたのは水運である。水運の発達した地域に商業が栄え、その合理性を追求する考え方を育てたのが木曾三川であるのだ。当然水豊かな地(水郷地帯)だから生み出す産物も膨大だろう。

 織田信長、豊臣秀吉、蜂須賀小六、加藤清正など尾張の武士は、常に河川での流通の場所にいた。
 そこで彼らが食べていたのが、当然の如く多彩な淡水からの食物であるのは間違いない。コイ、フナ、ウナギ、ナマズ、サツキマスに多彩な雑魚、エビ。なかでも上等な、またハレの食材と言えばコイとフナだろう。

 尾張地方でフナを使った代表的な料理が「ふなみそ(鮒味噌)」なのだ。今でこそ尾張地方ではスーパーにも並ぶ惣菜のひとつだが、さぞや古くはご馳走であったろう。
 材料はギンブナ(まぶな)だろうか? まずは鍋に大豆と水、内臓を取り除き素焼きしたフナをいれてことこと煮込む。そこに砂糖、尾張独特の大豆麹大豆味噌、いわゆる豆味噌で味つけする。それこそ骨まで軟らかく、大豆、味噌と溶け込むかのように煮込んだフナであるからこそ、日持ちもするし、また深みのある味わいは魅力的だ。
 これは蛇足だが、当地ではたまり醤油でフナを煮るという料理もある。ただし味噌と比べると「たまりしょうゆ」自体が新しい。

 ここに淡水魚とともに登場してくるのが、愛知県独特の大豆麹大豆味噌。この歴史は意外に新しく、例えば戦国時代に水分が少なく携帯に便利だからということで発明された。また逆に大豆麹大豆味噌の歴史は非常に古いという説もある。
 この味噌にもいろいろ作る地方での名前があり、三州味噌は三河地方、八丁味噌は岡崎周辺、名古屋味噌、尾張味噌は濃尾平野の南部にあたる尾張地方。作り方のおおまかなところは同じでも、きっと各地で少しずつ違っているのだろう。でもここでははぶく。すなわち尾張水郷地帯の淡水魚を尾張の味噌で炊くという食文化が結集しているのが「ふなみそ」なのだ。

 今回のものは尾張生まれの、うなたろう君がくれたもの。パッケージからすると津島市の川魚店「魚光」のもの。発泡のトレイからだすと真っ黒で不気味な物体にしか見えない。でもよく見ると大粒の大豆があり、真っ黒な味噌の煮汁とあいまって魚の形をしている。この中心にあるのがフナ一匹なのだ。
 皿に盛り直して軽く電子レンジであたためる。そしてフナの身と味噌、大豆をかき取るように食べる。
 フナの身と骨、味噌の地は渾然とひとつになっている。ここにあるのは豆味噌の持つ香り、渋みとフナからでた旨味。中に存在する骨もサラザラと舌の上で適度に崩れていく。
 見た目に反して塩分はとても低く感じられ、たくさん食べても口中が塩辛くならない。フナにはまだ川魚の香りが残っていて、これがまたボクには好ましいものだ。
 また頭部を崩すと食道、胃袋のようなものが出てくることがあって、この食感がボクの楽しみのひとつ。
 このような全体の味わいに軟らかさというか、まことに心優しい存在となっているのがふっくらと旨味を吸い、味噌味となっている大豆である。うなたろう君によると大豆を使わない「ふなみそ」もあるという。でもボクは画竜点睛を欠くという気がする。

 この「ふなみそ」はご飯のおかずにも酒の肴にもなるが、面白いのはお茶にも合う。すなわち動物質のものなのにお茶の子(お茶菓子)に好適である。
 そう言えば、ボクの勝手な思い込みかも知れないが寒くなってくると「ふなみそ」が食べたくなる。古くからあるものなのだから俳句の冬の季語となっていないだろうか? これは調べてみなくては。

うなたろうの部屋
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 川岸屋の土間に入り、席に着くと初江さんが常備菜などを持ってきてくれる。

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 とれたばかりのハクレン、アオウオの洗い、そして川岸屋特製の雑魚(タモロコ、モツゴなど)の佃煮。そのの回りには霞ヶ浦が日本一の生産量を誇るレンコンの煮つけ、酢の物。
 このレンコンの酢の物がうまい。徹夜して遠路来た身には酢が身体にしんしんと染みこみ、疲れを癒してくれる。煮つけも見た目の黒さから想像できない上品な味わいだ。

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 このレンコンを合いの手に食べるハクレン、アオウオがうまい。なんどもハクレンの白とアオウオの薄く黄を帯びた洗いを食べてみる。すると似通って感じられた両種の味わいに、思った以上の違いが感じられてくる。明らかにハクレンの旨さは腹身であるせいかも知れないが脂からくる甘味であり、身自体の旨味はやや少ない。それからするとアオウオの旨味は強く、そこに控えめながら脂からの甘味も感じられるのだ。中国四大家魚のなかでもアオウオが王とされるのはこの旨さ故だろう。

 ここに貴重な白いご飯がくるとともに、アメリカナマズのみそ汁。意外だったのはアメリカナマズからいいだしが出ていて、うまいみそ汁に仕上がっていることだ。もちろんアメリカナマズは皮付きであるけど臭みはまったく感じられない。やや濃いめのみそ汁と、洗い、佃煮で、ご飯はあっという間に胃袋に消えてしまう。

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 雑魚から、ごろ(ハゼ類)、エビ(テナガエビ)の佃煮に代わる。佃煮も種が代わると、味が微妙に変わるし、当然食感が変わる。
 うなたろう君の方を見ると明らかに愛知県尾張地方の佃煮との「味の比較」をしているのではないかと想像する。このような食文化と淡水生物の生態、はたまた人為的な護岸などの関わりを、この若い友人がどう捉えていくのか、これからとても楽しみである。また萩原さんはスリムであるのに思ったよりも健啖である。この方、意外や健啖磊落とお見受けした。

 この食事中にも諸岡さんから霞ヶ浦の魚や漁の変遷などをお聞きする。また霞ヶ浦周辺でその昔、作られていたという「ふくれみかん」となって、諸岡さんが持ってきたのが芳醇な柚。
 そしてシラウオの話となって、そのゆで上げて干したものを初江さんが味見させてくれる。たぶんもう残り少ない前期のものだろうが、やはりうまい。

 さて、あんなにあった洗いがほとんどなくなってしまった。この洗いのうまいのは調理した初江さんの素早さと、冷たい地下水の作り出したものだろう。

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 そろそろ食事も終わろうとするときに、ハクレンのオイル焼きが登場する。これは初江さんオリジナル料理だろう。油で香ばしく焼いたハクレンの背は、熱を通すと泥臭くなるのをネギなどを加えて上手に消し去っている。またちょいと生姜をのせて、柚をかけて食べてもいいのである。

 しかし三人共々よく食べて、諸岡さんのお話しをたっぷりお聞きした。話は尽きないのであるが、いつの間にかお昼近くとなって川岸屋を後にする。

 川岸屋から小野川を渡り、土浦の町を目差す。

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第3回全国タナゴサミットータナゴを通して地域の希少生物との共存を考える
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 漁の終わりに強い雨が降り、船着き場に上がるやいなや、小振りに、そして止む。見てみたかったアオウオであるが本日の張り網では30センチほどが2本あがったのみ。そこで諸岡さん(川岸屋)さんが生け簀から60センチほどのをすくい上げてくれる。
 うなたろう君ともどもハクレンと味比べがしたくなって、水揚げされた魚と共に土手を上る。

 川岸屋には地下水をくみ上げて、ウナギなどを生かしておく水場があり、ここで奥さんが待ち受けてくれている。本当はモツゴやワカサギなどを選別しなければならないところを、真っ先にハクレン、アオウオを三枚おろしにかかる。

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 1メートル近いハクレンをまな板によっこらしょと乗せた諸岡初江さんの、それからの包丁さばきが凄かった。ウロコもとらずワタも出さずにとにかく左右の身を切り離す。よく手入れされた包丁がグニュグニュした身を無駄な動きなく素早く切り離していく。
 切り離した身は血がついて凄惨な光景に見えるかも知れないが、ボクなど思わずうまそうに感じてしまう。これはうなたろう君も同様だろう。

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 この血液を大量の地下水で洗い流しながら、最後にまな板上に残った身の美しいこと。これで一息つくのかと思ったら直ぐに薄くそぎ切りにしていく。これをザルに揚げて地下水でなんども洗うと、ハクレンの腹身の洗いが出来上がった。

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 次はアオウオであるが手順は同じである。ハクレンの身が血合いの赤を除いて真っ白なのに対して、アオウオはやや黄を帯びている。これも同様に洗いにしてもらった。

 この出来たての洗いをとにかく口に放り込んでみる。予想していた淡水魚の泥臭さがまったくない。「あれれ?」という気持ちになるほど淡白である。そして噛みしめるとジワリと脂が染み出して甘い。

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「今日はご飯2合しか炊いてないべ。でもせっかく来てくれたっぺから、少ないけど朝ご飯どうぞ」
 諸岡夫婦は普段は2合の米を炊いて余るほど、それがうなたろう君、萩原さん、ボクと腹を空かしているのを見て提供してくれることになった。
 さて晩秋の川岸屋の朝ご飯はいかなるものだろう。


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