駿河湾沼津には底引き網とともに「しらす」という名物がある。このカタクチイワシの稚魚は春と秋の2回漁がなされる。これを西日本では茹でてしっかり干して「ちりめんじゃこ」となり、遠州灘から駿河湾、相模湾、はたまた九十九里や鹿島灘ではあまり干さないで「しらす干し」となるのだ。その「しらす干し」はどこでも買えるものだし、珍しくもないが、駿河湾、相模湾で愛されている「生しらす」、すなわち刺身のことはそれほど世間様に知られているとは思えない。この「しらす」を昔から生で食べていたのは、この国広しといえども相模湾、駿河湾、高知県だけではないだろうか。この「生しらす」を食べると食「の自分地図(これはボクの造語です。うまいまずい、どんなときに食べるなどを地図のように表す」がガラリと変わること受け合いである。
沼津魚市場には日が昇りきったやや遅い時間に「しらす船」が帰ってくる。
沼津をはじめ静岡県では春になくてはならないのが「生しらす」。これは誇張ではない、実見したのだが静岡の魚屋にいると「今日は生シラスあります」というふだや貼り紙が必ずある。ここには、どうせみんな「生しらす」を買うんだから、聞かれるのが面倒だ、だから張り出しておくぞ、というのが見て取れる。
沼津魚市場の岸壁前に大きな水門がある。この水門に「しらす船」が見えると、わっと岸壁に仲買さんが走る。そこに魚市場の職員が待ちかまえ、船から「しらす」を受け取るとたちまち岸壁は競り場となるのだ。
さて船から下ろされた袋詰めされた「しらす」を仲買さんが手に受ける。これは大きさを見ているのだ。何と言っても、求めているのは「生しらす」にできるもの。手の上の「しらす」をなんどもなんども見る。このときカタクチイワシにアユが混ざっていないか? マイワシが混ざっていないか? そして大きさ、鮮度。すばやくしかも的確に値踏みをする。そして競りが開始される。
「おおおいくぞ!」とでも言っているんだろうか、値踏みが一段落するや競り開始だ。そして、終わるとまたぱっと仲買が散る。これが船が着くたびに繰り返される。
最近、沼津魚市場周辺は人気の観光地となっている。もしも早めに来られるならもっと多くの方達に、この「春らしい光景」を見て欲しいものだ。
また水門をくぐる「しらす船」を見る。岸壁に仲買が走る。それを見るすべもなく見ていると、その仲買の群がやや魚市場の建物寄りに膨らむ。そこには軽トラックが走り込み。荷台に「しらす」があるのだ。その「しらす」は水切りしただけで袋詰めをしていない。そこに沼津市大岡の「魚惣」さんが走り寄り、一緒に袋詰めを始めている。
「これはいいのかな」
「いや、生には小さすぎるな。最初に来たのは5000円(キロ当たり)くらいしたけど、これはどうかな」
カゴの中にこぼれ落ちているのをすくって食べてみる。微かな苦みはあるものの、それ以上に旨味が強く、脂があるとは思えないのにまったりと甘い。ふたりが一生懸命に袋詰めしている脇でとれたばかりの「しらす」に舌鼓を打つ。これはいけないことかも知れないがやめられない。
「生しらす」にならないものは、そく「しらす干し」にするために加工場行きとなり茹でられる。この茹でたばかりの「釜揚げしらす」などは見ているだけで「どんぶり飯くれ!」と叫びたくなる。ボクなら「釜揚げしらす」だけで軽く白飯3ばいはかき込める。だから太ってしまうんだなー。
さて富士山は霞んで見えない。海は鏡のように凪いでいる。睡眠不足で頭痛が通奏低音のようにあり、市場はまだ喧噪に包まれているというのに、この暖かい岸壁でぼんやりと眠気をもようしてしまう。駿河地もまさに春たけなわなのである。
魚惣 静岡県沼津市大岡2481-4
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