魚貝類を探す旅: 2013年12月アーカイブ

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三陸を代表する魚というとサバやイワシもあるけれど、

サケ、ドンコ(エゾイソアイナメ)に

スエ(クロソイ)ではないだろうか?

今回の定置網の水揚げでも立派なスエが生きたまま水揚げされていた。

スエ(クロソイ)は北国に多い魚だが、

関東では評価が低く売れ行き好調とはいいかねる。

上品な白身で煮つけや、生きのいいものは刺身にして絶品であるが、

どうやら姿形から正統な評価が得られていないようなのだ。

 

朝方、定置網でスエを見て、お昼は町内にある『割烹 岩戸』でいただく。

住宅地にある小体な店で、なかなか上品な店内。

二階の座敷でいただいた膳のなかにスエの刺身があった。

包丁の腕も上々なのだろうけれど、これがまことに美味。

東京ではなかなか味わえないスエの真価を知る。

 

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さて『割烹 岩戸』の料理であるが、

非常に上質で、味はそこそこであった。

が問題はそこに大槌町らしさが感じられないことだろう。

料理人の真骨頂は地域食材を見極めることにあり、と考えている。

日本料理(和食)は土産土法でなければ意味がない。

当主はまだ若いように見受けられた、

もう一段上、大槌流を極めて欲しいな。

 

割烹 岩戸 岩手県上閉伊郡大槌町大ヶ口2-3-39


ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
http://www.zukan-bouz.com/

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岩手県上閉伊郡大槌町は、

今回の震災でももっとも大きな被害を受けたところ。

暗闇のなか、港を目指したときには気づかなかった

生々しい震災の傷跡が漁港からの帰り道に目の前に現れる。

このときはボク自身が大きなショックを

受けていたことに気づいていなかった。

実は帰宅後1週間になるというのにときどき

防災センターや壊れた防波堤が目に浮かんでくる。

そこでお亡くなりになった方達の生きていた日々のこと、

震災当日のことを想像して、早朝に目が覚めて眠れなくなる。

ただ、眠れないとき、

ボクのような一般人ができることを考えてみる。

それは、できるだけ被災地に行くこと、

しっかりこの津波の爪痕を見ることかな、などと思うのである。

 そしてこれも重要なのだが、例えば大槌湾の美しさや、

おいしい海の幸を堪能して欲しいと思う。


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さて、大槌町の2日目。

漁港はサケの豊漁にわいていた。

その分、変わった魚貝類は少ないのだが、

サケ満載のダンベに船いっぱいのマイワシを見ていて、

心が浮き浮きしてうれしくなってきた。

そこに宿である『六大工』のご主人小國さんが現れて、

袋に入れたヤリイカを渡してくれた。

「帰ったら刺身にしてもらえ」

小國さんは昔漁師であった。

そして今でも仲買、加工業、宿の経営などその仕事は手広い。

 

9時前に宿に帰ると宿泊客はすでに出払っており、

食堂はボクとマクブ(敬称は略なのだ)二人っきりの貸し切り状態だった。

朝食は比較的一般的な日本旅館のもの。

長逗留の方が多いので大変だろうと想像するが、

実はご飯もおかずも非常にうまい。

しかも毎日、違った品が出るなど工夫が見られる。

このなかで特筆すべきは「銀子(ギンザケの卵巣)」である。

釜石、大槌、宮古をスーパー巡りしたが、

総ての店舗にあったものが「銀子」と「紅子(ベニザケの卵巣)」、

「助子(スケトウダラの生の卵巣)」、「鱈子」だ。

三陸の方達はどうやら魚卵好きのようなのだ。


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そこに女将さんが造ってくれたヤリイカの刺身がやってきた。

透明で身がピンと固い棒のようになっている。

釜石市で作られている甘口の「富士しょうゆ」を

かけて食べると無闇矢鱈にうまい。

尾鷲の岩田昭人さんなら「ヤリイカを食べに大槌町にきませんか」

と書くに違いない、そんなうまさである。

思わずご飯にのせて食べたら、ご飯の甘さとヤリイカの甘さ、

「富士しょうゆ」の甘さが三重奏をかなでて満足、満腹なのだ。


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思い出すに、出っ張ったお腹を見て、お代わりをやめたのが残念だった。

 

被災地は考えさせられるだけではない。

大槌町は海の幸のおいしい町なのだ。

 

『六大工』


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被災地に行ってきた。岩手県の被災地、すなわち三陸はボクが魚貝類を調べ始めた頃に訪れた地で、遅すぎる三陸行である。

そこで思うことは多々あり、実はあまりにも混沌とした復興状況、そこに集まる「石」の多さに唖然として、実は帰宅後高熱を発してしまった。

そこでいいことから始めたい。

 

東北自動車道から北上山地を抜けると釜石市に出る。

そこから40分ほどで大槌町大槌漁港に着いた。

この行程総てを運転したのがマクブであり、

ボクはのほほんと難の苦労もなく、

被災地に舞い降りたといったところ。

 

まだ真っ暗な5時前の港では定置網の水揚げが始まっていた。

ここでたくさんの方とお会いする。

その一人が大槌町鵜住居の『宝来館』の女将さんである。

気さくに朝ご飯用意できますよ、というので遠慮なく鵜住居に行く。

街というよりも荒れ地を行き交うトラックに脅かされながら、到着。

思った以上に立派な旅館で、

この旅館の二階まで津波が押し寄せたことが

入った限りではわからない。

旅館の前は白砂青松である。

 

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食堂に招かれて出てきた朝食が見事であった。

ほとんどが地元のもので、マクブは「おいしいですね」を連発。

ご飯が止まらなくなるおいしさだった。

特にボクを魅了したのが「ひっつみ」。

ようするに練った小麦粉を手で摘まんでいれた、

すいとんに似た郷土料理だ。


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マクブ曰く「目玉焼きはいらない」だけが問題点。

あえて卵料理を出したいなら、

地元流のしょうゆを使った卵焼きにするといいと思った。

 

さて、この朝食に関して

あれこれのたまう不思議な集団に出会う。

ボクが思うに、この朝食にアドバイスは不要だな。

というよりもアドバイザー自体が無用だろう。

それよりもむしろ旅館までのアプローチが大問題だ。

早くこの混沌としてまとまりのない復興・工事が終了することをいのる。


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『宝来館』


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