さかな季語事典: 2006年1月アーカイブ

『新版 俳句歳時記 春の部』(角川書店)に白魚はある。とすると白魚の季語は春となる。さて、この白魚がスズキ目ハゼ亜目ハゼ科、これはちと面倒くさい表現だが、ハゼの仲間のシロウオならすんなり春だがサケ目シラウオ科のシラウオならばそうはいかない。この見極めが難しいのだ。
 角川の季語事典、中村草田男の「白魚汲み乙女の白き膝の皿」が上げられていてこれは明らかにシロウオ。加倉井秋を「白魚船恥じらえる帆を孕ましぬ」はシラウオであるように感じる。このように長年混同されてきたシロウオ(素魚)とシラウオ(白魚)はしっかり分けるべきである。
 現在の市場で見る限り走りのシロウオでも入荷は2月から。旧暦でも1月である。すなわち季語は当然春となる。反してシラウオの入荷は年末から盛んとなっていて、これは春にもあるが「走り」を冠にして季語は冬だろう。
 厳寒に、いまでは益々暖房を効かせて熱燗をやると頬が火照るようである。そこに柚の香を聞かせたシラウオ、辛子酢みそを脇に置けば、外の雪を見ながら感極まれる肴となる。春未だ遠しで、冬ごもりに冷たいシラウオがうまい。

白魚に名残の柚をきかせたり(秋野まさし)

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市場魚貝類図鑑のシラウオ
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 高知県は黒潮を弓形に取り込むようにして太平洋に臨んでいる。その高知市、土佐湾の底引き網であがった魚を、御畳瀬(みませ)港に水揚げする。この水揚げされたばかりの魚をすぐに港で干物に、これぞ土佐湾きっての名物となっているのだ。
 干物の原料はウルメイワシやにろぎ(オキヒイラギ)もあるが、当地ならではというのが深海の魚。この港に吹いてくる土佐湾からの冬の季節風がうまい干物をつくりだし、土佐の飲み助を楽しませている。
 その底引きの魚も数々あれど、冬にうまいのが小振りのニギスである。高知では「沖うるめ」、これまた土佐を代表するウルメイワシに勝るとも劣らない魚という意味合である。どちらが好きかは、ちょっと難しいな。やや甘口の酒にはウルメイワシ、辛口の酒にはニギスと我が家では肴にして使い分けている。日本酒好きなら、これだけでもだいたい察しがつくと思うが、ニギスの味わい風味はどこか淡いのである。淡いのだけれどむしくって噛みしめるほどに脂がジワリと来て、この脂が渋みを帯びて甘い、甘い上にスルメのような旨味、そして風味がくるのだからたまらない。
 季語としては干物の旬が四国などでは冬であるから、これだけでも一季語となる。それに加えてニギスも冬の季語としたいと思う。土佐の辛口の酒を熱燗にして沖うるめをむしり食うのだ。

噛みしめて 御畳瀬に吹く風 沖うるめ(秋野一人)

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市場魚貝類図鑑、ニギスのページへは
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ニギスなど土佐湾の干物は土佐の廣丸
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冬の季語『鱈』

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 ありふれた表現で恥ずかしいが、マダラの季語は冬である。これは魚へんに雪でもわかるだろうというと、まるで下手な落語家の枕のようだ。ただ、ここでは科学的に行きたいな。どうしてマダラが冬にうまいかと言うと、それはいたって簡単である。それは産卵を控えていちばん身がはりつめ、少ないながら脂がのっているからだ。
 そんなマダラを「鱈ちり」や「昆布締め」で食うのはマダラの真価の端っこにすがりつくようでいやなことだ。マダラはみそ汁に限る。みちのくの果て青森にあって「じゃっぱ汁」というあれである。これが痛快なくらいにうまい。

熱燗で 肝溶かし飲(や)る じゃっぱ汁(秋野まさし)

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市場魚貝類図鑑のじゃっぱ汁へは
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マダラのページには
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 あまりにもありふれた魚であるメダイ。和食の店を経営する人が「困ったときのメダイ」なんて面白いことを言う。これは鮮度がよければ刺身で、落ちると幽庵焼き、またフライやムニエル、甘酢あんかけなど、何にでも使えて重宝極まりないからだ。
 このメダイの旬はというと冬だろう。秋から味がよくなるのだが、そのもっとも脂がのっているのが厳寒期。
 東京湾などでのメダイの釣り漁も厳寒期から早春にかけて行われる。右手に鋸山、左手に久里浜の発電所を見ながら深い海の底をメダイの仕掛けが下りている。そんな小船を超えて関東平野をから雪混じりの北風が吹く。白と黒のもの悲しい情景に大メダイが釣り上がる。

鱗とる 目鯛の涙 外は雪(秋野まさし)

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市場魚貝類図鑑のメダイへは
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 冬にならないと見かけない魚にスケトウダラがある。冬から春に産卵するのでこの時期が旬なのだ。
 この「スケトウダラ」というのは新潟県にあって漁場が佐渡島近海にあったために、「佐渡」の「佐」を「すけ」に「渡」を「と」に読み変えて出来た魚名であるとか。また本来は「すけそう」だとか、謂われは様々である。ただ、日本海をはじめ、東北、北海道の厳しい寒さの中でこそうまい魚ではないか。
 これを関東では鍋に使うが、どうもこれがうまくない。どうせ鍋にするなら同じように安いぽんだら(マダラの小さいの)の方に軍配が上がる。我が家では安い魚なのでウロコを取り、ワタを出してぶつ切り、白子、真子、肝とともにみそ汁にしてしまう。これに大量のネギをぶち込んで一味を振り掛け食べるのがたまらなくうまい。また新潟などでは塩味で煮て食べるが、鮮度がよければうまいだろうな。
 また八戸にマルゲン水産というメーカーがあり、ここから「子持ちすけそ」というのと「白子すけそ」という頭を取り去り、真子と白子だけを抱かせた便利なものが来る。陸奥八戸ならではのもので、田舎風に煮つけるといい味になる。これなどもっと人気が出てもいいと毎年のように思う。

いてつきし 身体を溶かせ すけそ汁(秋野まさし)

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八戸のマルゲン水産からきれいに並べられて入荷してくる「子持ちすけそ」。これは便利でうまい

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 土佐の高知の名物と言ったら坂本龍馬に「えがに」かな。「えがに」というのはトゲノコギリガザミのこと。浜名湖では「どうまんがに」となる。
 この「えがに」のメスが天下の美味。内子をもって浦戸湾に寄せてくるのが冬なのだ。この美味をどう表現していいものか、1ぱいのカニの内子で一升瓶があくほどに旨味があり、しかも後口がいい。当たり前だが身も絶品なのだから少々値段がはっても食べるしかない。

えがにとる 川に雪消えて 土佐城下(ぼうずコンニャク吟)

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走りのワカメ

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 ワカメの最盛期は2月から3月。3月ともなると収穫が追いつかないほどになる。また海岸などでワカメを拾う人を見かけるのもこの頃。ただ最盛期のワカメは硬く、また渋みがある。それが前年12月から1月までなら軟らかく渋みもないのだ。
 走りの時期、これを酢の物にするのは寒々しい。我が家ではこれを酒塩八方だし(昆布カツオだしに、酒塩で味つけ)にくぐらせてポン酢で食べる。鍋仕立てにするとしゃぶしゃぶのようだ。

初わかめ 釣りぞめの鯛 に代わりたる(秋野一人)
初づりに坊主となりて、わかめいただく。これぞ釣り師のもっとも忌むところである

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氷下魚(コマイ)

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 厳寒の北海道、凍り付く岸辺に寄せてくるのがコマイの産卵群である。冬のコマイ漁はこの産卵する群をねらうもの。
 本州に暮らしているとあまりお目にかかれる魚ではなく、見つけても「姫だら」とか「こまいたら」などと商品名のついた干物の姿となっている。このコマイの干物がうまいのである。年中出回っている干物であるが、北の海を思って厳冬期に食べようではないか。
 コマイは小型は主に干物などに加工され、「おおまい」と呼ばれる30〜40センチの大物は鮮魚として流通する。この大型のコマイは厳寒期に凍らせてルイベにして楽しむのだ。
 さて関東に住み身には、このコマイで焼酎をあおるのがなんだかわびしいのだ。網走に近い町から来た友は、故郷から持ち帰った干物を野性的にバリバリむしくって食い散らかしている。食卓の中央には焼酎ブーム以前の臭い粕取焼酎の透明なビン。これが貧しい学生の冬休み明けの情景である。天衣無縫に食い飲む仲間を見ながら、我の野性味少なしとビールジョッキで飲む焼酎で一気にダウン。曇りガラスから天井の桟、畳の縁までがグラリグラリと回っている。どうしてだろう、この情景だけは思い出してたくない。

北国の 友の荷物に 氷下魚鱈(ぼうずコンニャク吟)

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寒イサキ

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 イサキは夏の魚なのか? 寒い時期から始まる外房でのイサキ釣り、やっと手にした獲物が冷たい。そのイサキが脂がのっていてうまいのだ。市場にあってもとぎれないイサキの入荷。あえて「まずいな」と思うのは産卵後から秋まで、寒暖計の柱が下がるにつれてイサキはどんどんうまくなってくるのだ。
「ただね、寒の時期のイサキ、どう料理するの」というのだけれど暖かなコタツで刺身、塩焼き、いいじゃないの。それでも寒く震え上がる船中、刺身、塩焼きでは帰宅後に思いが馳せないのだ。
 寒のイサキを鍋に出来ないものか? と無理矢理考えたのがすっぽん地でやるしゃぶしゃぶ。すっぽん地は酒半分、水半分のこと。これを鍋に満たして昆布を入れる。煮立ってきたら塩で味つけ。ここでイサキをしゃぶしゃぶにするのだ。地に酒が多いためだろう、やたらに身体が温かくなる。

ひとひらの 雪沈み行く イサキの目(秋野一人)

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