魚貝類を探す旅: 2007年6月アーカイブ

 中央卸売市場は8時を過ぎると急速に店仕舞い、片づけを始める店が目につく。やや落ち着いてきた仲卸を見ながら歩いていると、「駐車場の東京ナンバー………」という声が聞こえてきて、大急ぎでクルマに走る。そこにはボクのクルマだけがポツンと一台。とにかく市場を脱出。国道2号線を西に走る。目指すは笠岡市である。

 きんのり丸さんが、当地で海苔養殖を営みながら自然保護運動にもとりくんでいる妹尾さんに連絡をとる。ここで問題になってくるのが、千葉弁と笠岡弁(岡山弁)の意志疎通がうまくいかないということ。どうやらケータイの向こうでは妹尾さんが「早く来い。国道を走るんじゃなくて、とにかく高速に乗れ」といっているらしい。カーナビでいちばん近い「玉島」というインターを見つけて山陽道にのる。
 高速にのるとすぐに笠岡、そして海に南下していく。途中通り過ぎた山陽本線笠岡駅周辺が魅力的に思えた。駅近くのラーメン屋さん、道行く高校生、もしものんびりした旅が出来るなら、駅周辺を一回り歩いてみたい。面白いだろうな。
 国道らしき大きな道を走る。銀行の建物もあり、そこを自転車で行くお姉さんが美しい。そう言えばボクの旅に欠けるのが、恋とかロマンスなのである。この3人で、恋だの愛だのに恵まれているのは、きんのり丸さんだけだ。ボクなどまさに砂漠を延々歩いているような人生でしかない。ヒモマキバイさんもそうだ。今まさに不幸のどん底ではないか? 「不幸」この文字を浮かべて、じっくり、じっくり、ねっとりと考えていくとヒモマキバイさんにはどん底という波があるわけで、浮かぶ瀬もある。そこへ行くとボクなどずーっと直線的に不幸だ。この岡山の田舎町を走りながら涙がこぼれてくる、悲しいなー。

 ナビゲーター役はヒモマキバイさん。でもここでこの方の特異な位置の認識癖を見せつけられることとなる。ボクの場合、カーナビは進行方向が上になるように見る。ところが北が上になるように変えてしまうのだ。しかも道を曲がるときも右左ではなく西とか東と指示。時々上だ下だなんて、スーパージェッターの流星号でも出来そうにないことを言うので交通事故を起こしそうで怖いのだ。すなわちヒモマキバイさんの頭の中には常に北が認識され、目の前に見えてくる街並みや野山にも東西南北のグリットがかかっているのだという。この人、あの海に近くない方のT大学を出ていると言うが、やっぱりある意味天才か? でも西東、北南と言われても凡人にはついていけない。

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 美しい笠岡湾が見えてきて、『カブトガニ博物館』への標識。神島大橋を渡るとき、きんのり丸さんから「おおー」という声。渡ったところが妹尾さんとの待ち合わせ場所の湾を見渡せる喫茶店である。
 このときまだ9時台であったはず。にもかかわらず、喫茶店の駐車場は満杯に近い。駐車するともう目の前は幅の狭い笠岡湾である。目の前をフェリーや貨物船らしきものが島を縫うように航跡を残して行く。

 妹尾さんは、かなり待っていたようだ。まさかヒモマキバイさんの東西南北指示のせいだとも言えず、きんのり丸さんの「お久しぶりです」というので、喫茶店の湾が見える庭先のテーブルに座る。この庭先から見えるのはまさに美しい瀬戸内の湾。コーヒーを頂きながら、きんのり丸さんと妹尾さんの会話に参加する。妹尾さんは岡山でもっとも大きな海苔養殖業を営まれている。「海苔養殖をしていると海の変化に敏感になる」→「その変化を感じて、自然保護、また海との関わりを見直す」というのが、この妹尾さん、きんのり丸さんの海への共通項であるようだ。
 妹尾さんの話では笠岡湾には大きな川の流れ込みがなく、ノリの肥料(栄養塩)は雨に大きく左右されているという。収穫期の雨はまさに天からの恵みとなる。

 庭先にはたくさんの花が咲き、盛んにハキリバチ、ハナアブがくる。よく見ると2匹の大型のベッコウバチが雑草の中を見え隠れ。まさか「朝から楽しい交尾に励むのだろうか? いいなーー」。店の前の斜面には背の低い照葉樹と雑草。そこをカミキリらしき甲虫が飛び下っている。そいつを見ようと喫茶店の前をうろうろする。ふとみると細長い湾には小島があり、その汀まで木々が生い茂る。この真下にはどんな魚が、生き物がいるんだろう。
 そしてその先には『カブトガニ博物館』のドームが半欠けで見える。これがまた最低の建物なのである。どうしてドーム型で銀色でなければダメなのだろうか? これでは美しい海峡に、空き缶が流れ着いたように見える。ボクはこの手の子供っぽい、10年もすると汚らしくなるような建築物が大嫌いだ。カブトガニは熱帯の生き物ではないだろう。建物を温室にする必要も、また閉鎖的な展示形態の建物にする必要もない。このような場所に建てるなら出来るだけオープンエアーな、一見、山陰の船小屋を思わせる建物がいいのである。そこではカブトガニも見えるし、勉強も出来る。できれば海辺に下りることができると最高だろう。地元のオバチャンの作る干物が焼かれていたり、近所の農家の野菜もある。とにかく誰が来ても、「そこでずーっいたくなるような空間」でなければダメ。研究する、飼育する場所を必要とするなら、そこだけ目立たないように無機質に作ればいい。このような海辺の施設は文部省が作っても国土交通省がつくっても、地元自治体が作ってもダメだ。「えへん」ボクのようなねっちこい楽しいことなら、なんでもアリという「天然人」でなければ作れるわけがない。「なぜこのような自然景観破壊的な無駄な味気ない建物を作るんだろう」と怒りが沸き立ってくる。ひょっとしてこれがいちばん格安で、経費のためなんだろうか? しかし恥ずかしい代物である、作ったヤツは恥を知れ。

 笠岡は細長い湾が水島灘から数キロの渡って北に差し込んでいる。その風光明媚さは、日々の煩わしさを忘れさせてくれる。そしてこの喫茶店のなんと心地のいいことか。店内には地元の常連客が賑わしく、また楽しそうである。きんのり丸さんと妹尾さんの会話も弾んでいる。ヒモマキバイさんなど、ここで暮らしたいな、なんて思ってしまっているようだ。そしてボクだが、この美しい景色をじっくり、ゆっくり見ているのが嫌いなのだ。だいたいきれいな景色には、感動はするが、ボクの根元的なもの、欲求を満たすなにものも存在しない。ボクが好きなのは有機質で猥雑で、ゴチャゴチャしたところ。
 ちょっとイライラして、妹尾さんに、「この辺りに魚屋とか、市場とかありませんでしょうか?」と聞いてみる。するとこの下に港があり、漁協の朝市をやっているという。こうなるとボクは高田馬場を目差す堀部安兵衛、もしくは大海でやっとメスに巡り会ったユウレイイカのようになってしまう。とにかく妹尾さんにお願いして朝市に連れて行ってもらう。
 4人が腰を浮かせると、喫茶店のお姉さんが旗を持って、「もう少し待って連絡船が来るから、待ってー、待ってー」と言っている。「待てません!」。
 この喫茶店の名物というのが「連絡船がくり、旗を振る、汽笛がなる」というものらしい。そんなことはボクにとってはまったく無価値なので、とにかくクルマで坂道を下る。


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 岡山中央卸売市場巡りの反省点は多い。あまりにも膨大だった岡山ならではの魚貝類、これに初っぱなから目を惑わされてしまった。
 なにしろ競り場に入った途端にヒラと出合ってしまったのだ。そして「ままかり(サッパ)」やシャコ、「びんぐし(セトダイ)」、「ぎざみ(キュウセン)」、コチ、「おこぜ(オニオコゼ)」、「真がに(ガザミ)」、「おおぞう(ヨシエビ)」、「穴子(マアナゴ)」、「がらえび(サルエビ)」、「にし(アカニシ)」など、これがずらりと目の前に並んでいたらどうなるか? 当日のボクなど、その呼び名を聞き、量的なものを認識しと、頭がそれだけでいっぱいになってしまった。考えてみるとこの地物の搬入の情景を見ていないのである。当日は牛窓からの荷が多かった。下津井の荷もあったかも知れない。その大量の荷が競り場に並べられる時点がいちばんたくさんの情報が得られるときなのだ。
 仲卸に向かい。その雰囲気、魚貝類の置き方、取り扱い方、値段を見て、聞いて、メモする。この時点ですっかり冷静さを失っていたとも言える。もっとじっくり見ていたら、もっと目の前にある魚貝類に深く考えを巡らしていたら、得られるものは数倍となっていたはずだ。

 そしてなによりも今回の最大の失敗は、前日に岡山に到着していなかったことだ。岡山の市場は前日の11時には動き始めているという。陸送もの(各地から輸送されてきた魚貝類)の取り引きは午前2時に始まるのである。当日、もっとも知りたかった岩手からのイルカ(リクゼンイルカもしくはイシイルカ)が入荷して、ボクの到着時点ではすでに運び去られた後だった。高知からのシイラは岡山を中継点に日本海側にも行くという。すなわち岡山は太平洋側から日本海側への橋渡しの場でもあるわけだ。
 陸送されてきた魚貝類には岡山県人の現代の嗜好の一端が見えるはず。岡山ではイルカの消費量が昔から多かったといわれている(これをチリ鍋にするという情報も)。それはなぜなのか? 例えばイルカは岡山のどのあたりで食べられているのだろう? また中国地方山間部を特徴づけるサメの食文化のこと。
 岡山県にも地方地方に卸売市場が散在する。特に岡山北部には高梁市や津山市などの中堅都市があり、当然地方卸売市場がある。中央卸売市場で取り引きした荷は、早朝の陸送ものからそれぞれの地方卸売り市場に送り出され、その後、小型のトラックなどで岡山の地物が追いかける形であるようだ。その山間部の都市での魚貝類の品揃えはいかなるものなのだろう。このあたりは鳥取にも近く、当然日本海側の荷と、岡山の荷が混交する形になる。やはり鮮魚以上に塩サバなどが多いのだろうか?

 帰り着いて情報を整理しながら、あまりに見落とし、また調べ落としの多いのに驚く。それをやや補ってくれたのが当日面識を得た県水(岡山県水)の合地さんである。合地さんには感謝のしようがない。もしもう一度岡山に行けるなら、2日間は市場にとどまりたいと思う。そして出来れば、津山市、高梁市の市場にも足を運びたいものである。


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 関連棟は水産棟から駐車場を挟んで建つ。細長い建物で長さは100メートル以上ありそうだ。とりあえず無手勝流にいちばん端っこから見て歩く。

 入ってすぐに目に飛び込んできたのが『ハセイ』というかまぼこ屋さん。徳島ではこのような店のことを「てんぷら屋」とか「ちっくぁ屋」とか呼ぶのだが、岡山では「かまぼこ屋」でいいようだ。ここには実に多彩な練り製品が並んでいる。どれも魅力的だ。少しずつでも買えるというので、へっぽこトリオはあれもこれもと買い込んだ。
 特にヒモマキさんの買った玉ねぎのさつま揚げをその場で食べたら、これがうまい。ボクが買ったのが「うす板」「特板」「赤板」。考えてみると我が徳島県では「かまぼこ」という言葉がなかったとまでは言わないが、ほとんど使わなかった。所謂「かまぼこ」は「板つけ」と呼んでいたのだ。岡山でも「板」がつくのだなと、懐かしくなる。ついでにこれも彩りの懐かしい丸い平たい紅ショウガなどがちりばめられた天ぷらに、なにも入っていないヤツ。この練り製品を持ち帰って食べたのだがいい味だった。

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長谷井商店 市場支店のかた達は親切だった

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徳島県人にも懐かしい色合い、味の天ぷら。このハデさというのは西日本ならではのもの

ハセイ
http://www.hasei.co.jp/frame.html

 関連棟はまるで巨大なハーモニカのような造りになっている。長い建物にはいくつもの入り口があり、その奥、建物に沿って長い長い通路が続く。
 その長い通路の端に『岡山淡水魚介』という店を見つけた。ここではウナギや穴子を割いて焼いている。ウナギも穴子も頭つき腹開きで、ウナギは蒸しをかけない。ウナギの西と東の割き方の違いがアナゴにも及ぶことは気がついていたはずだが、実際に見ると感慨深い。ここでウナギかアナゴを一本食べてみたかったが、どうやら大変そうなので諦める。

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これはウナギ。この頭の部分を「半助」なんて出汁などに使う

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この焼き穴子は市場内はもとより岡山のスーパーなどにもあった。

 関連棟はシャッターを下ろしている店が多い。これは明らかに土曜日のせいである。たぶん平日ならもっと何倍も賑やかであろう。
 飲食店の数が多い。これではどこで食べればいいのかまったく見当がつかない。寿司を製造するメーカー、漬物屋も目につく。

 中ほどに豆腐屋があり、岡山本来の豆腐の形を聞いてみる。すると真四角であろうと思っていたのがくつがえり、やや長方形、そして背の高い形なのだという。
「そこにありますよね。もめんのパック、それが昔からの豆腐じゃなー」というのを見ると確かに真四角ではなく長方形。とすると油揚げの形も「真四角ではない?」と思ったらこちらは真四角なのだという。ちなみに四国徳島では豆腐も油揚げも真四角。そのために「きつねずし(関東でのいなりずし)」の形も真四角を半分に切った形の三角形。

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これが岡山県本来の豆腐の形?

 関連棟で「きつねずし」を探すと、間違いなく三角形のものがお菓子や弁当を置く店で見つかる。

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真四角の油揚げを対角線で切り、甘いすし飯を詰め込むので三角形となる

 きんのり丸さんと岡山の海苔屋を見たいなと探したが、専門店は見つからない。やっと乾物、調味料、瓶詰の加工品などともに売られているのを見つけた。ここにある海苔の産地は兵庫県だという。店にあった西日本にしかない海苔の佃煮「アラ」をヒモマキバイさんにすすめる。これは桃屋の「江戸むらさき」よりも甘口で海苔の香りが強い。この店にはもっと懐かしい「磯じまん」もあった。「一箱単位でしか売れまへん」と言われて泣く泣く断念。

磯じまん
http://www.isojiman.co.jp/index.html

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 関連棟の長い通路を歩くのがだんだん辛くなってきた。前日の忙しさのまま徹夜で高速を飛ばして、競りを、また仲卸を見て回る。その果ての関連棟だが、立ち止まり目を閉じるとクラクラ体が揺れているのがわかる。さて、ここで一休みして、ついでに腹の虫をなだめることにする。


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 奥に向かうと惣菜や乾物の店があって、お菓子の仲卸もある。そこにある瓶詰め、またお菓子などにも昔ながらの懐かしいものがある。

 まず魚貝類を主に扱っていた総菜屋には刺身に加工されたサワラがあったし、「ままかりのマリネ」もある。

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岡山県ほどサワラの刺身を好んで食べるところはないだろう。このように予め小さなスーパーや魚屋で売ることが出来るように加工された刺身が皮付きであるというのに注目して欲しい。手前は切り身

 瀬戸内海周辺で乾物にまでタマガンゾウビラメを干しきったものを岡山では「でびら」というようだ。乾物屋で「“でべら”ですね」というと「でびら」と返事があり、ちょうどこの日見つけた香川県観音寺市のビニールにも「でびら」とある。海を挟んで香川と岡山にはたくさんの共通点がありそうだ。考えてみると次回はまず香川の中央市場を見て、岡山に入り、翌日岡山中央卸売市場というのも面白いかも。

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「でべら」もしくは「でびら」というのはタマガンゾウビラメを干し上げたもの

 お菓子や、カツオ節、お弁当などの雑多な食料品を売る店には関西らしく「さばの寿司」がある。これはバッテラというよりも、サバの棒寿司、となりにママカリ寿司がある。
 ヒモマキさんが「ママカリ寿司」を買い、そして「ここで食べてもいいですか」と返事もないのにラップを剥がして食べ始める。そこについていた醤油でヒラの刺身も食べてみるという。少々傍若無人な振る舞いとなったが、これは決してボクの性格から出たものではなく、ヒモマキさんに“右へならへ”しただけだとお思いいただきたい。
「ママカリ寿司」は甘すぎて頂けなかったが、ヒラのうまいこと。

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ママカリの寿司は甘すぎる

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マリネーも買ってみるべきだった。

 ヒモマキさんも、魚が嫌いな、きんのり丸さんもヒラのうまさに感激の声を漏らす。

 この惣菜や乾物の店で目についたのが「東京納豆」という地納豆らしきもの。でも広島産なので買うのは控える。またここにも頭だけ残して開かれた焼き穴子、「いかなごのくぎ煮」があった。

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ボクの子供の頃、1970年代くらいまで四国の片田舎では納豆を見ることがなかった。納豆というと「甘納豆」のことかと思っていたほどだ。とうぜん中国地方でも同様であるはずで、広島で作られている納豆が「東京納豆」というのも、そう言った納豆空白地帯で納豆を売りたいという努力が垣間見える

 仲卸には2時間以上いたように思える。時刻はすでに8時近い。ここでなんとかしてなだめたいのが腹の虫である。市場の「食堂は関連棟にあります」と聞いて押っ取り刀で駐車場を渡っていく。


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 仲卸の区画の入り口、最初に飛び込んできたのがパック入りのアサリで、これは陸送もので産地は熊本県、となりのシイラは切り身用に違いなく、これは高知県。あとはキンメダイやキチジがあってこれも当然陸送ものである。この高知県産のシイラなどは日本海にまで送られることがあるようだ。
 仲卸を回ってみて思った以上に陸送ものが少ないのに驚いた。たぶん陸送のものはすでに各地の卸売り市場に送られてしまっている、もしくは仲卸でも別のルートがあるのかも知れない。この時点で競りどころか深夜に始まる陸送ものの相対を見なかったのが大失敗だと気づく。なぜなら目的としたイルカ(突きん棒でとった岩手県産のリクゼンイルカ、イシイルカ)が見つからない。また北海道ものがどれくらいきているか、やはり四国九州ものが多いのか、和歌山産はなど、陸送ものにはその地域をしる重要な手がかりがある。それにしても後悔先に立たずである。

 入り口近くにあるのが「カネシン」という店。ここには「赤げた(アカシタビラメとコウライアカシタビラメ)」があるが産地は不明。活けの「おこぜ(オニオコゼ)」が「びんぐし(セトダイ)」と一緒になっている。「おこぜ」は何と言っても活けをお造りにして食べたい。

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「びんぐし(セトダイ)」と「おこぜ(オニオコゼ)」

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「ままかり」は標準和名のサッパである。サッパは他の地方では見向きもされない

 その隣に「ままかり(サッパ)」。これもほとんど総ての仲卸に置かれてあった。この小魚を珍重するのは岡山県と香川県の一部だけ。また瀬戸内の夏の魚、マナガツオを見つけたが、地ものではなく九州からの荷に違いない。
 最初の「カネシン」だけでも発見は数知れず。その前には「難波水産」。ここには頭をつけたまま開いた小振りの「あなご(マアナゴ)」がある。岡山では「頭をつけたまま穴子を腹びらきにする」というのが市場を歩いていてわかってきた。これを焼き穴子にする。これなどそのまま食べてもうまいだろうし、きゅうり揉みに、ばらずしにと重宝しそうだ。
「きす(シロギス)」も牛窓などからたくさん入荷していた。これは6月を代表する魚であるという。
 活けのクルマエビ、「おおぞう(ヨシエビ)」、「赤足(クマエビ)」、「がらえび(サルエビ)」とクルマエビ科のエビが多いのも瀬戸内海らしい。このエビはあんまり手間をかけないで刺身や天ぷら、そのまま茹でただけというのがうまいのである。
 エビの箱の横に必ずあるのがシャコ。産卵を終え、そろそろ身ももとに戻りつつある時期だ。そう言えば活けシャコが多いのも瀬戸内海らしい。
 やや小型の「はりいか(コウイカ)」がある、「ぎざみ(べら キュウセン)」がある。これらも瀬戸内を代表する味覚である。

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「ままかり」、「ぎざみ(キュウセン)」、「赤げた(アカシタビラメ)」、メイタガレイにコチ。ウシノシタ科の魚を九州では「靴底」というのに対して岡山では「下駄」なのが面白い

 瀬戸内海で「めばる」というとカサゴとメバルをともに差す言葉だ。これを厳密に分けると「黒めばる」はメバル、「赤めばる」はカサゴとなる。要するに煮てうまいし、唐揚げでもいい、大きければ刺身にもなりまっせ、という同じ使い道の魚なので「敢えて分ける必要」がないというものだ。
「花岡商店」、「ウロコ水産」と来てパック詰めのヒラを見つけて購入する。
 ヒラはほとんど総ての仲卸にあり、刺身に加工するほか塩焼き、煮つけ用だろうか細かく骨切りしたものがある。岡山を代表する郷土料理「ばらずし」にはヒラを酢締めにして入れる。

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これは刺身に卸してパック詰めしたもの。ほんの200円ほどだったがすこぶるつきにうまかった

 市場には岡山ならではというものがそこここに見つかる。「いかなごのくぎ煮」、サワラの卵巣、「藻貝(サルボウ)」の煮つけ、「でびら(タマガンゾウビラメ)」。

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「吉野商店」では「ままかり(サッパ)」を卸している。「ままかり」を選んでいるのは寿司屋さんだろうか? 魚屋さんだろうか?

 今回の目的のひとつ、「べか(ベイカ)」がほとんどなくジンドウイカばかりなのがわかってくる。このジンドウイカの中に種のわからないのが1匹混じっている。このベイカのことを県水の合地さんに電話で尋ねると、年々量が減り、本来は春から初夏にとれるのが春先にとれるように変わってきているのだという。

 セトダイに「たもり」と札が置かれているのを見ていると、そこのお姉さんが、「あんたら、どこからおいでになったんですか」、「東京と千葉からです」という会話があって「これ、食べてみませんか」とメバチマグロらしい切り落としにゴマ油醤油で味付けしたものを差し出してくれる。

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「おいしいでしょーう。これあそこのマグロ屋のお姉さんに教えてもらったん」
 このゴマ油醤油のマグロが味つけのせいもあってうまかった。
 この店で「鎮台貝(兵隊貝 アゲマキ)」の茹でたものを見つける。その昔、児島湾が海と繋がっていたときには岡山の庶民の味であり、ばら寿司にも入っていたものだ。それが今では有明海にもほとんどいなくなって、ほどなく日本から消えてしまいそうだ。

 瀬戸内海と言えば主役はなんといってもマダイである。見事な活けマダイがボクの方を恨めしそうに見ている。そろそろ産卵後の痩せた状態から立ち直る頃だろう。そこ魚体のなんと美しいことか。これも「食べてみたいな」。

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 コチも見事だ。岡山県でコチと言えば「鯒飯」というのがある。これはコチの身を茹でて、骨を除きそぼろ状にする。そしてゆで汁で野菜などを煮てご飯にぶっかけるもの。
 ハモもほとんどが活けか活け締めされたもの。スズハモかハモか見ただけではわからないのだが、一匹だけ側線数を数えたらハモであった。

 鮮魚を扱う店をざっとまわって予想以上に大物(マグロやカジキ)を扱う店が少ないというのに気がついた。関東の市場ではぞくに「マグロ屋」と言われる店が5割近くをしめる。それがここではマグロ専門店は1店舗しかない。これなどいかに岡山が瀬戸内の魚を大切にしているかを如実に表している。

 鮮魚仲卸の奥には乾物、惣菜、お菓子などの店が続いている。仲卸探検はまだまだ続くのである。


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 岡山中央卸売市場では午前2時前後から陸送ものの荷が並び、ここで相対取引(競りではなく話し合いによる)が始まる。取引後、全国から集まってきた魚貝類が県内各地、高梁市や津山市など山間地にも送られる。海辺の市場では地もので間に合わない魚貝類を補填するということも行われているようだ。また太平洋側で上がったものの中継点ともなり、日本海の町々にも運ばれるものもある。
 相対取引が終わり、4時半には県内でとれた魚貝類の競りが始まる。この地もの中心の競りは6時前には終了して、仲卸、スーパーへと運ばれていくのだ。
 中央卸売市場内の仲卸は同じ水産棟にあるので競りが終わったら、荷は奥へ奥へと移動するのである。それに着いていくと仲卸が並ぶ区域に入る。仲卸の店内、店頭は人だかりがしてなかなか賑やかである。

 さて我々3人のへっぽこトリオだが、ヒモマキバイさん(以後ヒモマキとする)、きんのりさんのお二人は性格が正反対であるように見受ける。好奇心旺盛なヒモマキさんの目は大量に飛び込んでくる面白そうなものにキョロキョロして、そのオブジェクトをどう理解すべきか、頭の方も高速で回転している模様だ。そのせいか多少市場の雰囲気に酔ってしまっている。
 対する、きんのり丸さんは気になることがあると立ち止まり、じっくり見て、理解できないときには聞いてくるが、敢えて知識として取り込まない。むしろ岡山の市場の雰囲気を楽しんでいるようだ。
 この仲卸歩きで困ったことは、ボクが気になり、説明して、撮影しようとするとヒモマキさんまでがカメラを向ける。これって脇で見ていると変な光景であるに違いなく、ヒモマキさんの姿はよく考えると鏡の向こうのボクそのものでもあるわけだ。こうなるとボクが毎日のようにやっている行動そのものがおかしなものに思えてくる。

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岡山の市場人はとても親しみやすく、親切だった。

 閑話休題。
 仲卸区画は市場の建物が古いせいもあるが、どこか人間味が漂ってきて素敵だ。市場自体が薄暗いのも決して嫌ではないし、よく見ると一区画が広くて清潔だ。これなど、長い間に培われるもので、建築する段階で計算できるものではない。これから市場を設計計画する専門家にも、この時間という観念をよく念頭に置いて欲しい。それにこの市場が「岡山にとって宝物である」と市民の方達にも思ってもらえるといいな。
 また岡山は明らかに関西語圏である。そのせいか市場人もどこか明るく、ときに吉本ばりに面白いお兄さんやお姉さんを多々お見受した。軽妙さが関西圏独特のものだし、またそれに岡山らしい穏やかさが加わって市場全体の雰囲気を醸している。

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 今回、旅の目的のひとつであるヒラに、こんなに早く出合えるとは思ってもいなかった。その堆い発泡の脇に黄緑色のポロシャツを来ている、ちょっと格好いい男性がいて「ヒラの時期なんでしょうか?」と聞くと。

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「どこから来たたの」と問い返されて「東京から来ました」という会話の挙げ句に「1本持って行きなさい」と言って氷まで用意して持たせてくれた。この方が県水(岡山県水)の合地さんである。出会いとは本当に面白いもので合地さんにはヒラや岡山での魚のことで帰宅後もいろいろお教え頂いたし、この先、後々までお世話になりそうである。

 県水の競り場には活けものをはじめ多彩な地ものが並んでいる。この魚貝類をとりあえず総て撮影、できるだけ地元での呼び名を聞き取っていく。
 まずは魚類ではアカエイ、ハモ(スズハモであるかも)、「あなご(マアナゴ)」、ボラ、「たかのは(マツダイ)」、「びんぐし(もしくは“たもり”“ころだい”のセトダイ)」「きす(シロギス)」、「めだかがれい(メイタガレイ)」、「ぐちにべ(コイチ)」、「ねぶと(もしくは“めぶと”のテンジクダイ)」、「ままかり(サッパ)」、マダイ、「赤げた(コウライアカシタビラメか?)」、「おこぜ(オニオコゼ)」、「あまて(マコガレイ)」、「めばる(カサゴ)」、「つのぎ(ウマズラハギ)」、「ちぬ(クロダイ)」。

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岡山に来たら「ままかり(さっぱ)」を食べなーいけんだわ!

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テンジクダイを含むテンジクダイ科の小魚を好んで食べるのも岡山をはじめ瀬戸内海周辺の特徴である。「ねぶと」は細かく叩いて出汁にしたり、唐揚げで食べたり

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関東では嫌われるボラだが瀬戸内では洗いに鍋物にと大活躍するのである。冬が旬だが初夏の味わいはいかがなものだろう

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オニオコゼ、セトダイ、ヒラメ、マコガレイ、マダイ

 甲殻類では「赤足(クマエビ)」、「おうぞう(ヨシエビ)」、「がらえび(サルエビ)」、クルマエビ、イシガニ、「真がに(ガザミ)」、シャコ。

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「赤足(クマエビ)」、「真がに(ガザミ)」、それとシャコ

 軟体類では「にし(アカニシ)」、テナガダコ。

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岡山では「にし(アカニシ)」もよく見かけた

 中でも岡山らしい魚と言えばヒラ、「ままかり(サッパ)」、「ねぶと(テンジクダイ)」、マアナゴ、「真がに(ガザミ)」に、「がらえび(サルエビ)」などの小エビ類だろう。残念ながら競り場ではマナガツオとサワラという岡山を代表する魚には出合えなかった。

 県庁所在地である岡山市、岡山中央卸売市場水産棟が扱う魚貝類の7割が陸送されたものだという。ここに高知や九州、はてはノルウェーのアトランティックサーモンまで様々な荷が来る。これは、全国共通のものだ。ただし近年入荷が全国に及んでいるだろうエゾバイ科、いわゆる「つぶ」をほとんど見かけなかったのは不思議だし、ロシアなどからのズワイガニやタラバガニも見ていない。そして残る3割の地もののなんと多彩で面白いことか。もしもう一度来ることがあれば、これら地物を地元の居酒屋などでじっくりと味わいたいものだ。

 競りの開始は4時半からだという。当然、いちばんたくさん魚貝類が並ぶのも、その時間帯に違いなく、それからするとボクたちの到着は遅すぎた。それでもこれだけの収穫を得ることが出来たのは合地さんをはじめ、市場の方がとても懇切に接してくれたためだろう。これは画像を見て、当日のことをまとめ直しながら痛切に感じたことだ。岡山の市場人には感謝したい。
 さて天井が高く薄暗い競り場から人が去りつつある。次は仲卸にまわって改めて岡山の魚貝類を見ていきたい。


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 金曜日の夜9時半、きんのり丸さん、ヒモマキバイさんと武蔵野の片隅で落ち合う。このへっぽこトリオを乗せた愛車次郎君が中央自動車道八王子インターから遠く岡山を目差す。
 中央自動車道から名神に入り、中国自動車道ときて山陽道方面に折れ込む、そこに「徳島、岡山」の文字を見たときようよう夜が明けてきた。この空の青色の強さがはっきり関東とは違って見える。この鮮やかな青空と比べるとボクの住む関東の空はどこかくすんで墨っぽく暗いのである。この空と大地の鮮やかさ、明るさを見ると「西に来たのだなー」、とボクの心が開放的になる。
 山陽道の分岐点を過ぎると三木市、小野市とまるで戦国大名の名がインターチェンジにめくるめく現れてくる。しかし別所長治由来であろう「別所」という地名の標識を見ると、その厳しい時代のことが思えてもの悲しくなる。

 約7時間半高速を飛ばしてやっと岡山インターのスロープを回り、国道に下りる。時刻は5時に近く、街はまだ眠りに閉ざされている。市内を南下、児島湖近くの岡山中央卸売市場に到着したのは5時を回っていた。

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 市場は青果、花、水産、それに関連棟とあって広さ47597平方メートル(数字を挙げてもその広さはわからない)と広大である。とにかく場内にはいるが駐車していい場所がわからない。場内の交通量は多く、行き交う人も慌ただしい。窮した挙げ句、守衛さんにたずねて水産棟まで回り込む。ここで岡山中央魚市場の方を見つけてやっとクルマを止めることが出来た。

 屋根の高い水産棟は駐車場に向かって開放的である。左手が岡山中央魚市場、右手が岡山県水となっている。左手ではすでに競りが終わり、活け魚をすくい出しているのが見えるのみ。県水ではこれから競りが始まろうとしている。その並んだ発泡には瀬戸内から上がったばかりの魚貝類がたっぷり。
 旬のスズキ、「ままかり(サッパ)」、「たもり(セトダイ)」、「ねぶと(テンジクダイ)」。そして県水のフォークリフトが近づいてきて、その堆い発泡に入っていたのがヒラなのである。

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