ヒラという魚がいる。どんな魚かと問われると、ニシンをもっと平たくして、大きくしたようなもの、と言ったらわかっていただけるだろうか? この魚の難点は小骨が多いこと。真骨類という我々が一般に「魚」と思っている生き物では原始的なものほど小骨が多い。そのもっとも原始的なニシン、イワシの仲間であるヒラには三枚に開いて神経棘、上神経棘、上椎体骨、上助骨、助骨とボクなど、なんど憶えようかと思い立っても、憶えきれないほどの骨棘が身にはある。
ヒラはこの国の暖かい黒潮さすところならどこでもとれる。大きいし、銀色できれいなので、うまそうに思えるが、ほとんど総ての地域で小骨が多い故に単なる雑魚でしかない。極端な物言いをすると「捨てられ兼ねない魚」だといえよう。
「味はいいんだけど、この骨がねー」
数年前に大阪中央市場で見つけると、仲買がすかさずこう言ったものだ。
「そうですね。ボクも何度か食べてみようと試してみたんですけどダメでした」。
食べてまずいというわけではない。三枚に卸して骨を避けながら刺身にすると惨めったらしい代物とはなったが、味わい深いし、脂があるのか甘味がある。でも細切れの破片を拾って食う気にもなれず、「ヒラ=まずい魚」ではないが、「ヒラ=食べがたい魚」と、まあ敢えて食べることもないだろう思い込んでしまったわけだ。
岡山に今夏行くまでは「ヒラ=食べがたい魚」という既成概念がボクの頭にしっかり突き刺さっていた。それがどうだろう、岡山中央市場にはヒラが溢れていた。なんとヒラは岡山の初夏の風物詩ともいえる魚なのだ。
場内仲卸で、ヒラを三枚に卸したものを、ほんの1ミリほどの幅で切っているのを見た。そして既に切ってあるのを買って食べてみたのだ。これがまことにうまい。市場内に溢れていたヒラは産卵のために瀬戸内海に入り込んできたもの。だから決していちばんうまい時期とは言えないのだという。それでも薄くヒラヒラした身を箸でつまんで口に放り込むのが止められない。
それこそ花びらのように薄く切っていたのは小骨を断ち切るためだ。こうすればニシン目の軟らかな神経棘は舌にも口にもあたらない。
さて、今回のヒラは鹿児島県南さつま市笠沙のもの。送って頂いた定置網漁師の若潮さんによると水揚げされても競りの対象にもならない魚だという。だから値段はただである。
岡山県でみたものと比べると小振りで体長45センチほど。味の期待はしないまま三枚に卸す。
そして我が家でいちばん良く切れる柳刃で幅1ミリ以下に切り離していく。薄い切り身はまとめると皿の上でふわりと小山をつくった。
これがまことにうまかった。ヒラとしてはまだ若魚であるのに、脂ののりも上々、無造作に箸でつまみ口に入れた途端に脂が広がり、甘味となり、そして青い魚独特の濃厚な旨味がくる。
うまいヒラを食うたびに、岡山県人はなんとうまいものを知悉していることよと感心する。またその鋭い嗅覚を作り出したものは、間違いなく瀬戸内海にあるとも思い至る。
わかしおさんの「お魚三昧生活」
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/komendago
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑、ヒラへ
http://www.zukan-bouz.com/nisin/hira.html
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
http://www.zukan-bouz.com/