昨日八王子魚市場に来ていたのが『日海水産』の貝柱。箱を開けると目を引くのがイタヤガイらしき赤いイラスト入りのパッチ。そこに「かい柱」とある。これは小振りのホタテガイを茹でたもの。この『日海水産』のは、味が良く、ボクなどお気に入りのひとつなのだが、市場ではこれを誤って「いたや(貝)」と呼ぶ。
これが不思議でならない。確かにイタヤガイの茹でたものも非常に希に出回っているようだ。イタヤガイは大発生したり、いなくなったりと水揚げの一定しない二枚貝。例えば鳥取県の民謡『貝殻節』はイタヤガイの貝殻を粉に引きながら唄われたもの。粉(漆喰や肥料になる)に引くほどとれていたイタヤガイは、また突然いなくなるというのを繰り返す。
だからたくさんとれたときには『日海水産』でもイタヤガイを茹でて出荷するという。しかしそれは数年に一度といったことで、通常めったにイタヤガイのボイルは手に入らない。また箱の真横には原材料名が明記されていて、比較的大きな文字で「ホタテ」と書かれているのだ。
それでも、どうしても『日海水産』の赤いイタヤガイらしきイラスト入りのパッチを見ると、関東の市場では「いたや」と言うことにしてしまう。面白いことに市場の職員すら、「今日のは“いたや”ですよ」と原材料を無視して説明してくれるから困ったものである。
この誤解のもとにあるのは「過去にイタヤガイ」が大量に入荷してきたことがあり、その最大の加工会社が『日海水産』であった。または、ホタテガイなのに「ゆで貝柱」を「イタヤガイ」と慣例的に表示した時期があったということも、ありえる。
ちなみにイタヤガイというのは、ふだんは水揚げの少ないもの。関東の市場ではほとんど見かけない。まあ一箱にまとまって入荷することなどゼロに等しいだろう。だから市場で見慣れているホタテは知っていてもイタヤガイは知らないという人の方が大勢なのだ。でもこのありふれた存在のホタテガイだってその昔は、珍しい、そして高級な二枚貝であったのだ。たぶん昔はイタヤガイとホタテガイは入荷量的には同じ程度だったはずだ。
養殖ホタテガイが今のように大量に出回る前、茹でた貝柱の原材料はむしろイタヤガイであった可能性が高い。なぜならばホタテガイは古くから貝柱になっても、生でも高級なもの。だから養殖が試みられたという経緯もあるのだろう。これを比較的惣菜的な加工品である「ゆで貝」にすることはまずなかったと思われる。それに対してやや小振りな二枚貝のイタヤガイは大量発生することからも「ゆで貝」にするしかなかった。または干しても、生でも庶民的な存在だったのだろう。だから「ゆで貝柱」を見ると「ゆでたイタヤガイ」という認識が市場に残存しているとボクは考えている。
注/イタヤガイも隠岐などでは養殖されている。これはなかなか高価なもので刺身などになる
さて、話を『日海水産』の「かい柱」にもどすと、この原料となるホタテガイは「養殖の途中で間引かれたもの」ではなく「ゆで貝柱」用にわざわざ陸奥湾などで養殖されているのである。だから「ゆでる」にちょうどいいサイズを、優れた技術をもって生産しているものなのだ。これほど味のいい、「そのまま食べられる」という優れものにしては値段が安すぎると思う。昨日の八王子魚市場での値段がキロあたり2200円でしかない。これは消費者にはありがたい値段であるが、漁師さん、加工屋さんには申し訳ないように思う。せめても酒の肴としながらこれを「作り出してくれた方」に感謝したいものだ。
市場での魚貝類を調べていると、こんなところにも大いなる疑問を感じ、調べていくと魚貝類の歴史が表面にあぶり出されてくる。
市場魚貝類図鑑のイタヤガイ
http://www.zukan-bouz.com/nimaigai/pteriomorphia/itaya/itaya.html
市場魚貝類図鑑のホタテガイ
http://www.zukan-bouz.com/nimaigai/pteriomorphia/itaya/hotate.html
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
http://www.zukan-bouz.com/