お魚三昧日記: 2012年3月アーカイブ

島根県隠岐郡知夫里島は
日本海に浮かぶ隠岐諸島で
もっとも小さな島。
知夫村の人口は600人あまり。
豊かな自然と海の幸があるだけで他にはなんにもない。
でもうまいのであるよ、この村の産物は。
陸には隠岐牛、島まわりにはアワビにサザエ、
多種類の海藻がある。

この島の水産に関する
アドバイスをさせていただいているのだけど、
島内で作られている加工品が実にいいのだ。
ホンダワラの漬け物「神葉漬け」に
サザエ飯、そしてしぼりワカメ、板ワカメなど。
イワガキも養殖しているのだが、
日本海の荒海で育つせいか、
味が濃いだけでなく、食感が強い。

今回久しぶりに隠岐に渡り、
知夫村の産物を食べて、またもらい受けてきた。
そこに思いがけぬ美味があって、
イモガツオ(マルソウダガツオ)と
ヨコワ(クロマグロの幼魚)のみりん干しだった。

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甘さがほどよく、魚の鮮度がいいためか
臭みなどが皆無なのである。
焦がさないよう焼いて、そのまま口に放り込んで
旨みがあって嫌みがない。
喜びを感じる味だと思う。

このところ深夜にブレンドウイスキー、
オールドパーをやるのだけど、
このアテにドンピシャリだ。
知夫村加工グループが作っているものだが、
早いところ商品化してくれるとありがたいな。

知夫村
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
http://www.zukan-bouz.com/
今回のテーマは貝。
動物としての貝、食べ物としての貝。
千葉県立博物館 黒住耐二さんを解説者にお招きして、
貝の質問、またわからない貝の同定もいたします。
黒住さんは今東京湾で増えている話題の
ホンビノスガイの国内での発見者です。
アメリカ原産のホンビノスガイが
なぜ日本に来たのか、
なぜ「本」がつくのか、など面白い話題いっぱいの
会としたいと思います。
原則的に一般人のみで
水産業、飲食業の方はご遠慮いただきたいと思います。
それでも参加希望という方は以下までご連絡を。
zkan@zukan-bouz.com

また参加の登録などは
土曜会の掲示板にて
http://csi.or.tv/tsukiji/kb/rb.cgi?action=showlast&cat=&txtnumber=log&t_type=normal
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
http://www.zukan-bouz.com/
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イカナゴ漁の最盛期なので「鰭もの(魚)」の水揚げは少ない。
タイ科はマダイ1尾、クロダイ2尾、キチヌ1尾くらいか。
ただこのクロダイが大きくて太い。
最近ではクロダイというと安い魚の代名詞になってしまっている。
安いために扱いが悪く、また生息域によって味が違うので、
評価の基準が最底辺に置かれているからだ。
ただ明石浦(本当は瀬戸内海全域かも)のクロダイは
取り扱い方以前に非常にうまいのだ。
特に寒い時期から春にかけてのクロダイは
盛んにノリ(スサビノリ)を食べているので
名だたる明石鯛に負けないくらいだという。
 
これを宮部さんが締めて見せてくれる。
明石伝統の締め方が実は想像以上にすごかった。
頭を右に向けておき、手かぎをトンと落とすと、
魚は小刻みに震えながら瞬時に動かなくなる。

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鰓蓋をめくり刃物で脊髄のあたりを突くと、血が噴き出て
尾の方から切れ目を入れることなく
勘で脊髄に串を差し込み、神経を完全に殺してしまう。
延髄に金串が通るとクロダイの体表が
黒くなり白くなりして明滅する。
神経を殺したクロダイを海水につけ、
鰓から血液を絞り出して明石〆が完了する。
たぶん宮部さんはボクに見せるために
いつもよりもゆっくりやったのだろうけど、それでも実に素早い。
締めた鰓の色は赤ではなく臙脂色だ。
 
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次に宮部さんが水槽から持ってきたのがスズキ。
手鉤の入れる場所、神経の抜く位置など
魚によって締め方を変えるのである。
これもかなり驚異的に思える。
スズキも関東では安い魚となっている。
なぜなら活魚でなければ身色が悪いためだろう。
でも明石〆されたスズキは関東に来た時点でも
死後硬直しておらず、身に透明感がある。

明石の魚の美味は明石海峡の海流の早さと、
瀬戸内海の豊かさ、そして伝統の技が作り出しているのだ。

明石浦漁業協同組合

ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
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くらくらよろよろ

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3月になってから疲れすぎたな、という日々が続く。
へとへとだったのに明石に行く。
兵庫県明石市明石浦漁業組合は、
国内でももっとも行ってみたかったところ。
なにしろかの日本一有名な「明石鯛」の産地であるとともに、
実は「明石鯛」は明石の技術で生み出されるのだという、
水産のすいを極めた地なのである。
それが3月12日、13日であった。

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実は先月の尾鷲の旅で得ることが多すぎて、
その整理、情報のテキスト化に追われていた。
地道な暮らしのための仕事もあった。
そして常に手元にある膨大な文献との格闘。
東京という地に居ながらも日々押し寄せてくる
情報の整理があって、中二日は秒刻みでないにしても
分刻みは間違いなしだったのだ。
ボクの日々(にちにち)は息苦しいね。

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そしてまた旅。
途中下車をしながらの隠岐に。
大発見多々。
得た物は膨大であった。
知夫里島、西ノ島よかったな、まことに。
うまいものあり、うつくしく、癒やされる景色。

そして20日は連休最後の日で困難な帰宅。
翌日はよしなしごとがあって、
なんとなく「ぼうずコンニャクとしての本来の仕事が進まなかった」のである。
歳なんだろうね。
疲れると集中力に欠ける。

その間にも1000を超える画像を撮影して、問題の木曜日。
22日、朝方、市場で食事。
高野水産、マルコウでその日の入荷状況、値段を見て、
宅急便の営業所で荷物を受け取り、
帰宅する。
すでに10時近い。
「いそぎなさい、いそぎない、人生そんなに長くない」
なんて唄いながら、受け取った荷物のなかの
知夫里島で採取した海藻を撮影。
ホンダワラ属は難しい、と苦しみ、
ぎりぎりに家を出て駆け足で駅に向かう。
こんなに走ってもやせないのはなぜだろう?
BSで「ザ・タイガース」の映像を見て考えた。
沢田研二だって太るのだよ、諦めろ、痩せるのなんて。

神保町で仕事があって、午後7時過ぎに終わる。
この日は会合があって、ボクも主役なのだ。
会場は有楽町なのに取引先を出て、
無意識に九段下を目差す。
地下鉄への階段を下りながら気づく。
目指すは神保町駅だった。
九段下から半蔵門線で神保町に向かうのは、
あまりに可笑しいだろう。
ボクは俎橋を大急ぎでまた渡り、
走って神保町駅にたどり着いた。
地下鉄の階段に飛び込んだつもりが、
身体半分は壁の前だったのだ。
タイル張りの壁に顔面打撲は避けたかったので
身体をよじる、が身体半分は壁に
じんわりと押しつけられるように鈍く体当たりした。

はっきりしない痛みを感じながら、
宴席に顔を出す。
楽しい会だった、が飲み過ぎだ。
そして翌日1時過ぎ帰宅してダウン。

金曜日23日は午前6時半に目覚める。
画像の整理をしながらもなんだか快調なのだ。
8時には市場に行き、隠岐のイワガキ「清海」を買う。
朝ご飯は『市場寿司 たか』でマリンフーズの
「いかそーめん」で丼、握りも作ってもらう。
ついでに隠岐のイワガキを試食。
なんど食べても隠岐のイワガキはうまい。

野猿街道の上はどんより曇り空、気温は低い。
それでもなんとなくボクは絶好調の予感がして
気分浮き浮きで帰宅後「いかそーめん握り」の画像を撮影。
画像の貸し出しをする。

午前11時ちょうどに外出。
歯をみがいているときに感じたのだけど、
右胸のあたりに呼吸をすると痛みが走る。
でもたいしたことはない。
これがよしなしごとの間に徐々に痛みが走る。
午後2時前にお腹がへりボクの取引先の
会社の近くの『天丼や』でお昼ご飯。
この店、ボクの学生時代から通っていた
神保町金華小学校近くの『天丼のいもや』そのものだ。
やっている人も、オヤジさん以外は同じ気がする。
天丼も同じだよな。

ここで身体が温まったのはいいが息をすると
右の胸のあたりがまたまた痛い。
ときどきとても痛い。
午後7時過ぎ九段下から電車に乗る。
車中で「AIJ投資顧問」のことを話している三人組。
「この会社よりも天下り役人は殺人者より悪い」という。
なんとなく車中全員で頷いているように思う。
ボクとしては個人的には原発を作った人総てが悪質で許せないのだけど、
この天下り役人と「AIJ投資顧問」も同じだなと思う。
悪質、嫌悪感からすると山口県で起こった母子殺人事件や
震災後、避難区域で盗難を働いたヤカラよりも
もっともっと悪い、嫌悪すべきヤカラと思うのだけどどうだろう。
国民はこのような唾棄すべき、というか
存在自体が悪の存在なのに罪の問われないことに
強い強いストレスを感じるのだろうね。
いやだねーー。

さて右胸はますます痛い。
触っても痛くないのに息をすると痛い。
気分が悪いので横になろうとするとまた痛い。
おかしい?

さて夜のニュースを見ながら原発に関係する
自治体の範囲だけど
1000キロ圏内にすべきだと思うね。
蛇足だけど原子力保安員も原子力安全委員会も
人間のカスの集まりだと思うね。
現在に巣くう鬼なんだろうね。
どんな時代にもこのようなバケモノがいる。
だれが便所のない家を作るだろう。
だれが汚物を身の周りに積み上げて
溺れるような将来を一生懸命黙認するのか?
個人的にはこんな奴らを許す社会を
容認する政党は許さない。
といいながらやっぱり右胸の奥が痛いのだけど
なぜなんだろうね?

土曜日はもっと大変だったのだけど、個人的な世界なので省く。 
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三重県尾鷲は遠いのである。
伊勢の玄関口、桑名や官庁所在地津から
一山も二山も越えなくては行き着けない。
熊野の深い山をあきるほど越えるとやっと海辺に出て、
そこが尾鷲だ。
水産の盛んな土地で、太平洋、熊野灘の豊かな海を前に、
日々(にちにち)豊かな魚貝類が水揚げされている。
古くは魚貝類の大方が相物(加工品)となった。
塩物(塩蔵品)、乾物となって山を越えていく。
山の向こうにある奈良県十津川や吉野へ送られ。
伊勢や津(この地名は滋賀県大津とともに重要な港であった痕跡)、
鈴鹿などにも熊野灘の相物は行っただろう。
奈良県南部は現在でこそ過疎に悩む寒村であるが、古くは林業で栄えていた。
その重圧な労働を支えたのが熊野灘の相物であったのではないか?
作家の宇江敏勝さんの文章を読むたびに、
吉野熊野の山々を駆け巡り暮らす人のことが忍ばれ、
またその暮らしを支えた一旦が熊野灘にあったに違いないと感じる。
 
さて、ここで尾鷲の岩田昭人さんからいただいた
サンマの丸干しのことだ。
尾鷲では干ものを強く干す。これを「かんぴんたん」という。
「かん」も「ぴん」も「たん」も擬態語のようであり、
固く、硬く、鋭角的であることを表している。
干ものは今でこそ、まるで生鮮品のように生なましいが、
古い形が、この「かんぴんたん」なのだ。
「かんぴんたん」だから山をいくつも超えて送ることができた。
冷蔵冷凍のない原始だから生み出したもの。
吉野熊野の広大な林野を背負った尾鷲だから
作られたものが「かんぴんたん」だ。
この古くからの「かんぴんたん」をそこはかと感じることができるのが、
今回岩田昭人さんにいただいたサンマの丸干しだ。
 
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もともとは熊野の男たちが1本を3等分して、
二個弁当につけて山に入ったという。
山仕事に持っていく大量の飯に2切れだから、
かなり塩分濃度は濃いものだったのだろう。
今回のものは薄塩で、たぶん強く干した分、
1本の干ものの塩分総量は今時の生干しよりも少ないだろう。
こいつを軽くあぶり、噛み締めるとじわりじわりと旨味がしみ出してくる。
噛み締めることが少なくなっている今時の子供たちにも
くわせたいものだ、なんて思いながら、また噛み締める。
 
基本的に干ものは保存性を高めるためのもの。
保存性は言い換えると「時間」であり、
「時間」が生み出すものが旨味ではないだろうか?
今時の干ものは無塩(生魚)に近いけれど、
旨味が少なく、例えば味の奥行きである渋みや程よい苦みに欠ける。
日々、この味気ない今時の干ものを食べていて、
稀に昔ながらの「かんぴんたん」に出くわすと、
そこに目から鱗的なうまさを感じて目がウルウルして困る。
ついでに酒がうまくて困る、困る、のだ。
 
いわずもがなだが、「かんぴんたん」は不思議なほどアルコールに合う。
甘口辛口問わず日本酒、ウイスキー、焼酎、老酒にワイン、
ここまで挙げるとただの呑んべいだと思われかねないが、
酒と「かんぴんたん」は離れがたし、なのだ。
 
尾鷲の干ものなどは北村商店(三重県尾鷲市瀬木山町3-31)ほかにて
岩田昭人さんの三日に一魚

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魚の棚を出ると南が海で西に行くと住宅街になる。
だいたい明石浦漁協はこの辺かな、と思って歩ている内に迷ってしまった。
小型のタンクローリー車を見つけて場所を聞く。
あれこれ教えてもらったあげく、「送ります」と言ってくれる。
この県漁連のタンクローリーで明石浦漁協はお得意先なのだという。
(タンクローリーの運転手さんありがとうございました)
明石浦漁業協同組合は思った以上に近く、車を降りると
ちょうどイカナゴの青いカゴが見える。
二階の事務所に上がろうとすると宮部さん、
県の山下さんが迎えてくれた。

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組合長の戎木さんにご挨拶し、外を見ると明石海峡が一望でき、
対岸の淡路島との間にイカナゴ漁の船が見える。
一休みして階下に。
 
漁協の1階には水深50センチくらいの非常に広い水槽がある。
競り場は水槽の三分の一ほどしかない。
大量のカゴ、作業する漁業者の方(多くは漁師さんの奥さんたち)が中にいる。
「イカナゴの船が帰ってきました」と宮部さんに呼ばれる。
岸壁まで行くと、ちょうどイカナゴを船から揚げているところだった。
カゴすりきれに入れられたイカナゴが動いて、ときに跳ねる。
 
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雲が切れて日が差し込んできてイカナゴの側面がきらきら光る。
すでにコナ(非常に小さいもの)ではなく5センチ前後はあるように見える。
小さいほど高価なイカナゴだが、魚の棚の魚屋さんで
「いちばん味がいいサイズ」だと言っていたはず。
新子だけではなく昨年生まれの「ふるせ」という
12〜14センチくらいのも少ないながら水揚げされている。
宮部さん、山下さん曰く。
「ふるせはうまいん」だそう。
宮部さんが笊に一すくいの「ふるせ」をどこかに持っていく。
 
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競りが始まっているというので駆け足。
階段状の競り台の端で見学する。
海に向かって右手に広い、広い水槽。
水槽にはカゴを構えて漁師側の方達が競りを待ち構えているよう。
コンテナが右手の水槽から左手の競り場に流れてくる。
 
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競られる魚は総て生きている。
水槽で一日以上生かされてから、競りにかけられるのだ。
実は漁直後の魚はまずい。
一定期間生かしておいて、安静にすることで
旨み成分のもとであるアデノシンの量が回復するのだ。
マダイなど高級魚だけではなく
ミミイカ、テナガダコまでほとんど総てを
本当の意味での「活け締め(一定期間安静に生かしてから締める)」
にしているのはここくらいではないか?
 
よく見ると生きているというか、
海でいるのと同じ状態なのではないかと感じる。
生き物の競りなので早い。
手かぎ(?)をトンカンたたきながら調子良く競りが進む。
メイタガレイ、バケ(コウライアカシタビラメ)、ヒラメ、スズキ、
オニオコゼ、アカメバル(カサゴ)、クロメ(メバル)、
アブラメ(アイナメ)、マゴチ、スズキ、クロダイ、
マダイ、コイチ、マアナゴ。
イイダコ、テナガダコ、ハリイカ(コウイカ)、ミミイカ、タイラギ。
 
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イイダコのメスが非常に高く、水揚げ段階でキロあたり数千円、
カゴ単位の競りなので1万円〜2万円なんて値段がつく。
競り人が若い。若いのに人の利害に関係するのは大変だろうな。
 
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競りが終わると、宮部さんが
明石締め(日本一優れているとされる)を見せてくれるというので待つ。
そこにイイダコの「たこつぼ」を部長の畳谷さんが持って来てくださる。
ずんぐりした梵鐘型。
縄を通す部分が太く、炻器ならではの力強さを感じる。
いいなー、と思っていたら、いただけるという。うれしい!

明石浦漁業協同組合

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3月13日、早朝に我が家を出て、京王相模原線、横浜線と乗り継ぎ、
新横浜から新幹線で新大阪に。
新大阪からいつもながらに乗り換えホームに迷わされて、
これまたなぜ「新」がついて快速より早いのか意味不明の
新快速に乗り換えて9時半に明石駅に着く。
ここで一発、あまりに不愉快なので「JR西日本は嫌いだ!」。

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海側に出て、まずは魚の棚へ向かう。
西側の入り口から東に向かって歩く。
左右に「くぎ煮」を売る店があり、
ちょうどたきあがったばかりを笊に移している。
朝からなにも食べていないので、非常に惹かれる光景だ。
 
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干物というよりも乾物(よく乾かした)を売っている店がある。
マダコ、イイダコ、デベラ(タマガンゾウビラメ)に
ハタハタも強く干している。
マダコの干したものは珍しくないが、イイダコは珍しい。
ここにくるたびに思うことだが、
観光客目的の店が増えているように思う。
 
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シロギス、タチウオ、メイタガレイ、クロメ(メバル)、
赤メバル(カサゴ)、マダコ、ミミイカ、など
新鮮で妥当な値段なのがいい。
反対にマグロやベニズワイ、ズワイガニ、明太子などに
「???」がいっぱいわいてくる。
ここまで来て他の地方の食料品を買う意味はないと思うのだが?
とても明石らしいと思った光景がイカナゴ売り。
青いカゴに新子(今年生まれの稚魚)が入っていて、
それを笊ですくってビニール袋に入れている。

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「行列を作ってイカナゴを買う光景」は明石市の春の風物詩だが、
並んでいる人の年齢が高いのが気になる。
新子の横には「ふるせ(昨年生まれの成魚)」もあって、
同時に売っているのは大発見。

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イカナゴを売っている店はポツポツと数軒あるが、
商店街のなかほどにある『松庄』さんでは
イカナゴだけしか売っていない。
実は明石には月曜、火曜日にくるはずだった。
それをずらしたのは時化ていたためで、
地元産の魚は思った以上に少なかった。
(注/この時期の漁の主流はイカナゴ漁で
それ以外魚の少ない時期だという)
どうやらこのようにたイカナゴを笊ですくって売っている店は
もともと魚の棚にあった店のようだ。
 
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朝からなにも食べていないのでここで「明石焼」を食べる。
「明石焼」と明石市以外の人の言うことで
地元では「玉子焼き」という。
9個で550円。
味は悪くはない、が都内の動物園や
ショッピングセンターのフードコートで食べられる程度の味で、
魚の棚で食べる意味あるの、かなと思う。
魚の棚で「明石焼き(本来は玉子焼き)」を食べるたびに、いやな気分になる。
(後に知ったことだが、おいしい玉子焼きは中心部にはなく。
また知名度のある店でもない。そしてうまい玉子焼きはちゃんとある)

明石浦漁業協同組合

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3月13日、14日は明石にいます。
魚の棚、明石浦漁協を中心にして市内を歩き、
14日はイカナゴ漁を見学します。
お急ぎの方はケータイへ。 
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知り合いから島根県隠岐中ノ島海士町で作られた「ばちこ」をいただいた。
まことにいびつな洗練度の低い物で、触ると柔らかく厚みにもばらつきがある。
見た目は明らかに二級品でしかない。
「ばちこ」好きで年間を通してかなりの投資をしているつもりだが、
この見た目だけで買わないかも知れないな、なんてことも思う。
いただきものなので、値段は不明だが、
築地場内など全国から珍味が集まってくるので、
見た目から買いたたかれそうに思える。

「ばちこ」は別名、「このこ」ともいう。
マナマコの卵巣を干し上げたものだ。
普通は乾物であって、ある程度は常温保存がきく。
ところが、本品は要冷凍なのである。
明らかにこれは生ものではないか。
このようなものは産地である
瀬戸内海や能登半島では絶対に作らないだろう。

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このいびつで明らかに見た目二級品を
備長炭をおこし、小型の七輪で軽くあぶって食べてみた。
ここに大発見があった。
驚くべきことに能登半島などの超一級品よりも味がいいのだ。
普通の「ばちこ」にない香り、
ほどよい渋味を持った味の奥行き、
そして強い甘みがある。
これ「ばちこ」のニューウエーブではないか?
例えば、広島駅前の市場でナマコを買う。
するときれいにこのわた、このこを下処理してくれる。
この鮮度抜群のこのこを口に入れたときの
鮮烈さがこの「ばちこ」に残っているのだ。

このうますぎる「ばちこ」を口に含み、
近所で醸された特別純米酒をやっていたら、
この作り手に会っていることを思い出す。
かれこれ3年くらい前だろうか?
海士町にナマコの加工場が作られているところに出くわした。
一橋大学を出てUターンして海士町で
干しナマコ製造を始めようとしていた宮崎さんという青年。
そういえばあのとき半生のこのこをいただいて、
ボクは思わず「酒が欲しくなる味だ!」なんて叫んだのだった。

思い出すとともに見た目二級品などと
考えてしまったことを申し訳なく感じた。
「ばちこ」はいびつでも見た目が悪くても、
この『たじまや』の形でいいのだ。
近々隠岐に行くことになりそうだが、
この「ばちこ」だけは大枚叩いても買い占めてこよう。
酒は島後の「高正宗」にしよう。

たじまや 島根県隠岐郡海士町海士4625番地3
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市場にイイダコが並ぶと春だな、と感じる。
季節の進み方が遅い今年だからこそ、
イイダコの連れてきてくれた春がうれしい。
いつもなら出盛りを迎えている3月なのに、
今年の入荷量は少なく、寂しい限りだ。
そんなじれったい気持ちで歩く市場に
イイダコを届けてくれているのが
兵庫県明石市にある明石浦漁協である。
イイダコと言えば飯を持つ雌が高く、
雌ばかりがもてはやされる。
今年はメスの値段が高騰し、
明石浦から来るのはお買い得だという雄ばかり。

ただ雄だといってバカにしてはいけない。
飯は持たぬが、味がいいのだ。
その上、明石は日本でももっとも漁獲物の取り扱いに優れており、
当然、今年のイイダコは例年以上に鮮度がいいので、
料理するつれづれに〝おいしい発見〟が多々なのである。
実はイイダコ料理はこのところマンネリであった。
ようするに煮るか、ゆでるか、ソテーするか。

今回、マンネリ打破の意味もあって、
明石浦漁協の宮部さんに、
「今年のイイダコはうまいですねー」なんてケータイをいれ、
いろいろ地元の料理法を聞かせてもらったのだ。
そのひとつが[みりん、醤油につけ込んで焼く]というもの。
さっそく東京都大田市場経由、
八王子北野にある高野水産で買い求めた雄を料理してみる。
平凡な料理法だが、基本的に魚貝類は料理しないほど味がいい、
という法則があり、加えるに焼くというのは意外な盲点ではないだろうか。
さっそく墨を抜き、水洗いしただけのものをタレに漬け込んで半日。
遅く帰った日の酒のアテに焼いてみたのだ。

なんともこれが新鮮に感じる味だったのだ。
飯のない雄が抜群にうまい。
醤油の香ばしさのなかにイイダコの食感が好ましく、
またイイダコ本来の甘みが浮き上がってすぐに消える、何回も。
こーりゃ酒が進む進む。
たまらんなー!

明石浦漁協 兵庫県明石市

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1月20日の「二十日正月(『有明海生活誌-倉本幸の半生から-』には〝二十日えびす〟)」に鮒の昆布巻き(ふなんこぐい)を作る風習が有明海北部沿岸、鹿島市などにあり、その材料であるフナを売る市が前日の19日に開かれる。
これが佐賀県鹿島市浜に今も残る「ふな市」である。
「ふな市」は300年の歴史を誇るという。
 
1月20日は「二十日えびす」ともいい、「小正月」とともに比較的今も、全国で行われている節日(せちにち)だ。
節日は節句のことであり、正しくは「節供」と書く。
月日の区切り「句」である以上に神にお礼をする日。
神に収穫物を供える日と考えるとわかりやすい。
鹿島市の「二十日えびす」は「えびす」に収穫物を供える日なのである。
この「二十日正月」に「えびす」とともに「大黒」も祭ることがあったようだ。
「えびす」は豊漁の神であり、海との関わりが深い。
海の向こうの異境から来た神でもある。
これが日本書紀に登場する素戔嗚尊の子・大国主命とされる大黒と結びついて、と五穀豊穣の神となる。

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先日、浜田市の伝統的な郷土玩具「長浜人形」にも「えびす」と「大黒」がなかよく鯛を担いでいる図があった。
それと九州では「9」のつく日を「おくんち」といい、祭礼やなんらかの儀式が行われる特別な日なのである。
「二十日正月」前日、「19日」に市を開くのは「おくんち」というのも大いに関係有りなのだろう。
 
「ふな市」の起源を考えると、どうしても干拓と結びついてくる。
江戸時代以来、有明海の干拓が進んでたくさんの水路ができた。
水路は排水・灌漑用でもあり、交通手段でもあり、また淡水・汽水生物という恵みをもたらしてくれる場所でもある。
水路の維持のために、冬期に水を干上がらせて水草や泥などをさらえる。
このとき水路に棲む淡水生物を一網打尽にとる。
フナ(ギンブナ)、コイ、ナマズやドジョウ、ハゼ(ハゼクチ)。そしてエビ類(テナガエビ、スジエビ、ヌカエビ)などがあがる。
水路の水抜きは、年1回の集落をあげての作業であり、水路の恵みを収穫する日でもある。
大型のフナやコイは生け簀(川副町では〝かま〟)に生かしてハレの日などのごちそうになる。
小振りなものは焼き干して、日々のだしになり、甘露煮などの材料となる。
また野菜などと煮ることも多いようだ。
厳寒期にフナを売るのは、水路の発達した干拓地ならではなのだろう。
 
鹿島市の「二十日正月」は、この冬の日の大収穫と節日が結びついた、と考えるとわかりやすい。
宮本常一は「二十日正月」は「稲以外の収穫を祝う日」では、という。
10月に行われる、稲などの収穫期とむすびついた「百姓えびす」の干拓地版だ。
ここに朝廷や幕府が決めた五節句などにない雑節、民間信仰の「えびす講」というもののあやふやさが見えてくる。
おおらかで原始以来の快活な庶民の、気散じで、ここに古き人の思いが感じられる。
有明海の生活誌が「ふな市」に見てとれるわけで、この市が末永く残ってくれることを祈るしかない。
 
水産的にみると、現代の都会でも「えびす講」用のマダイが売られている。
「えびす講」に焼いたフナという地域があり、ハタハタというところもある。
イワシもあるし、クジラもあったはず。
それが有明海北部のこの地域では「鮒の昆布巻き」であったわけで、
伏見人形などにある「えびすといえば鯛」だけではない。
「えびすの魚」も集めてみると面白そうだ。

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長崎市から佐賀県鹿島市までは1時間とかからない。
どんよりとした曇り空の鹿島駅前は閑散としていて、寂しい限りだった。
まだ4時前で、肥前浜を下見するべきかどうか、悩んだ末にタクシーに乗る。
駅前から浜町酒蔵通りまで10分くらい。
タクシーは道幅の狭い通りの入り口に着く。

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漆喰の白い壁、平瓦の入母屋造りの、切妻造りの建物が続いている。
まことに歩くのが楽しい、美しい通りで、体長不良を忘れる。
道の両側には水路がありコイがいる。
小魚らしいものも見えるがモツゴではないか。
 
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タクシー運転手さんに向かって左手に行ってください、と言われるまま
とぼとぼ歩くと資料館があって、
女性がいてパンフレットなどを見せてくれるが、
意外にふな市自体の情報がない。
ただし壁際に漆喰の材料というのがあって、
ここにサルボウと銀杏草の材料が置かれている。
銀杏草自体は同定できないものながら、
漆喰の材料に「銀杏草」という情報がありがたい。
通りの両側に酒蔵が並び、それで酒蔵通り。
 
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途中ちょうど工事中の大きな独特の入母屋造りの日本家屋があって、
「鮒のすめ」の文字。
なかに入ってみると真っ暗。
その薄暗いなかに「すめ」という一升瓶を見つける。
この「すめ」が、我が家の文献にある「なまだい」、
もしくは「なまだれ」のことである。
「すめ」という言葉がふな市だけでなく、
長崎県の古い文献にも出てくる重要な調味料であることが後にわかる。
 
人影少ない通りの中ほどに灯りが漏れてくる。
中に入ると食料品などを売っている。
そこで見つけたのは鯛や伊勢蝦をかたどった蒲鉾の入り詰め、
そして「ふなんこぐい」である。
今回の旅の最大目的が鹿島市浜で行われている「ふな市」を見ること。
「ふな市(鮒市)」は1月20日の「はつかえびす」に
フナの昆布巻きを食べる習慣があり、
その「はつかえびす」用のフナを売る市が毎年前日19日に行われるのだ。
『有明海生活誌-倉本幸の半生から-』(1991 民俗文化第3号 野本寛一)を
読んでいて見つけたもので、
干拓によりできる水路が淡水魚を飼育する場所でもあったことなど、
有明海周辺の民俗では非常に重要なものなのだ。
この店で大きなマガキの袋詰めを見つけ、有明海が近いことを実感する。
 
通りを歩いていると佐賀テレビが中継(?)をしていて、
テレビ局の女性に「ふな市」に川副町松永川魚店を
取材したなどの情報をいただく。
後のことになるが、この情報が非常に重要であった。
佐賀テレビの方には感謝。
またここで中島さんという女性に会い、
翌日の市が始める時間などを教えていただいた。
ついでにお子さんが魚取りが大好きだというので、
わざわざ水槽を見に連れて行ってもらう。
魚取りの好きな子というと、まるでボクのような、なんて思う。
 
さて、下見ついでに酒蔵を回って日本酒を買い、
駅まで帰ろうとタクシー営業所まで歩く。
そこにあったのが「鍋島」を作っている酒蔵。
「鍋島」は近所にある小山酒店でお馴染みの酒だが、
旅で買うのもいいと思って酒蔵の戸を開けるが、もう酒は残っていないという。
残念であったが、そこにいた方(幸尾さん)が
親切にもホテルまで送ってくれるという。
ご親切に甘えて車に乗せていただき、
ついでに鹿島駅に近い矢野酒造に立ち寄っていただく。
 
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矢野酒造で何種類か酒を買い求めるが、
連れて行っていただいた幸尾さんのおかげだろう、
大吟醸四合瓶をほとんどいただく。
ついでに酒蔵の前の酒饅頭をいただいたのだが、
これが非常にうまかった。
鹿島市は饅頭どころなのかもしれない。
矢野酒造の方にも大大感謝。

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