食べる魚類学: 2006年12月アーカイブ

マイワシの天ぷら

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 マイワシの天ぷらを初めて食べたのはいつのころだろう? 意外に高松の食堂だったように記憶するが瀬戸内でマイワシというのもおかしい。自分で手開きして衣をつけて揚げるというのは大学頃の自炊生活にでもやっていたこと。そして記憶をたどっていくと南小岩の定食屋さんに行き着いた。南小岩から鹿骨の方に歩き銭湯に通っていた。その帰りに小さな定食屋で夕食を食べていたのだ。たしかイワシの天ぷらがいちばん安かった。

 思えばボクの小岩時代は暗かったな。大学のカラーが灰色系統で、利用する電車が総武線、住んでいるのが夏暑く冬寒い海抜0メートル地帯、周りに緑は皆無なんだから十代後半の身には応えた。でも千葉街道近くの中華料理店で食べていた下揚げして作るレバニラ炒め、フラワー通りの炒り豆屋なんて今思い出しても涎がタラリである。

 さて定食屋ではイワシが2本、みそ汁にお新香がついていた。これではちょっと寂しいので、もうひとつ。沼津魚市場近くの『丸天』の天丼にはデカーいマイワシの天ぷらが甘いタレをくぐらされてのっている。ことほどさようにイワシは天ぷらにしてうまい。
 またイワシと言ってもニシン科の「いわし」と言われる魚では、カタクチイワシとマイワシとが天ぷらでは双璧。カタクチイワシの軽さ、香ばしさに、マイワシの芳醇、濃厚な味わい。どっちがうまいとは決めかねる。ただ夏から初冬にかけてはマイワシが安いし、冬到来ともなればカタクチイワシに軍配が揚がる。そろそろカタクチイワシに材料を代えなくては。
 そして昨今、ボクにとってイワシの天ぷらは酎ハイボールの肴(あて)となる。家族にとっては“おかず”なのでとても便利な一品でもある。また、夕食を魚にするか肉にするか、家族のことを考えるとある程度のタンパク質や必須アミノ酸が必要となる。その意味でもマイワシは優秀だし、育ち盛りに、またボクのような危険な年齢にはマイワシのドコサヘキサエン酸とかエイコサペンタ塩酸なんて大切なんだろうな。
 と言いながらマイワシの天ぷら3枚で酎ハイボールが3杯目である。これじゃ体にいいわけないよ。後に続くのは「わかちゃいるけど………」ですな。
 最後にマイワシ天ぷらの作り方を。まず手開きにして、背ビレや尻ビレなどをきれいに取り去る。ここに軽く振り塩。コショウを振るのも味わいに曲がでる。これに小麦粉をまぶす。小麦粉のなかに耳かき一杯ほどのカレー粉を入れるとカレーの風味はしないけど味わいに深みがでる。このコショウ、カレー粉などは好みである。他には天ぷら地に卵黄を入れる、マヨネーズを入れる、食用油を加える、カイエンヌペッパーを振り込む、青海苔を混ぜ合わせる、どうでもいいことだから好きにしてくれ。これを表面をカラッと、中をフワリと揚げる。うまいぞ! イワシの天ぷら。酒飲みすぎるぞ! 身体には気をつけろよ! いかりや長介みたい?

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 世に知られていない美味はまだまだあるもんだと改めて思い知らされたのがクサウオである。関東の市場では「むきどんこ」と呼ばれている。皮を剥いているので「どんな魚かわからない」となかなか魚屋さんにも受け入れられていないようだ。
 これがカサゴ目クサウオ科のクサウオなのである。ボクが近所の魚屋に「クサウオという魚なんです」と教えると「臭いから“臭魚”だろ」なんて失礼なことを言ってくれるが「草色の魚」であるので「草魚」である。これは丸のままを見ると一目瞭然である。
 今回原釜では地元での「みずどんこ」の食べかたさ聞いてきた。すると浜のおっかさーが
「これはね三枚におろすだっぺ。そうして生のまま切るの。それを大根おろしで食べるの」
 これに回りのおっかさ、びっくらこくほど美人の娘さーが「うんだ、うんだ」とうなずいているのだ。
「後ね。これにポン酢かけて食うのがうまいんだっぺ」
 ポン酢は某メーカーの●ぽんがいいとか「ちがうべさ」、昆布の入ったのがいいとか言うが「市販のもので充分だ」と言うことだ。その浜の女たちのほっぺが輝くほどつやつやして柔らかそう。どうも「むずどんこさ、食べてるからこうなるんだっぺ」というのは本当らしい。
「後はね。干物にするとか、煮付けもいいだっぺ」
「そうだ卵もね。醤油漬けにするとうまいんだ」
 これを原釜八巻水産(ヤ印)に分けてもらいことごとく試してみたが、すべて絶品であった。うまいぞクサウオ。

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 現代の魚貝類を語る場合、どうしても避けて通れないのが輸入魚である。冷凍技術の発達により鮮魚、または魚という概念を脱して商材となった感がある。そのなかでも世界的に人気を集めているのが白身である。古くは北半球のマダラ、また南半球のタラ科のメルルーサ属。これらが輸出入商材として世界中を駆けめぐっていた。そして近年脚光を浴びているのがナマズである。
 さてボクの前にあるものは日八王子の仲買「フレッシュフード福泉」に大量に並んでいたもの。マルハがベトナムから輸入したもので、魚の名前がカンボジアでの呼び名「バサ」である。もともとはアメリカでよくナマズが食べられているのに目をつけたベトナム戦争後移住したベトナム人が輸入し始めたもの。アメリカでは国内でのナマズとの価格差から問題となり、輸出軋轢を起こしている。またそのためなのか今では主な輸出先がヨーロッパへと移りつつあるという。

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 この「バサ」の学名はPangasius bocourti。非常に大型(250キロにもなるという記述がある)になる種であり、メコン川、カンボジア・トレンサップ湖などが原産。カンボジアでは絶滅の危惧もあるほど減少している。また非常に重要な食用魚であり最高級魚でもある。これを主にベトナム・メコン川で養殖している。餌は海産の小魚など。養殖物は非常に脂の強いものでフィレにするときにこれを大量に除去、また骨も取り去っている。ベトナムではこの脂(油)をディーゼル燃料として利用する計画もあるようだ。
 この淡水での大型ナマズは知らず知らずのうちに我らの生活の中に入り込んでいるようである。例えば市販の弁当での白身フライ、また冷凍のフライ材料など。またフィレオフィッシュなどの材料としてマクドナルドが目をつけているという報道も見受ける。
 その味わいであるがナマズという既成概念を持ってしても抗えないほどに美味である。言うなれば淡水魚とは思えない淡白さ、そして身質のよさである。主な料理法はフライ、もしくはムニエル。生の状態でふわりと柔らかいのが、熱を通すことでやや締まるが、それでもふんわりとした食感は残る。これがとても心地よい。また身にはまったく臭みがなく、微かに甘味があり、均質にとけ込んだ脂が感じられる。

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 さて、この「バサ」を調べるのに行き詰まって、結局教えを受けたのが水産物などを輸入販売しているメイプルフーズである。メイプルフーズはもっとも早くからベトナムでの水産物の開発に取り組んでいたとのこと。そしていろいろ聞いていく内に白身用のナマズは「バサ」から「チャー(もしくはチャ、tra、学名Pangasius hypophthalmus)」にかわっているのだという。それは身質的には「バサ」とかわらない上に養殖期間が短いために採算性が高いのだという。すなわち白身魚として大きなウエートを担いつつあるナマズで「チャ」も出来るだけ早く食べてみないとダメだということだ。


●メイプルフーズの矢野さん、山口さんにはたいへんお世話になりました。また「チャー」のフィレはメイプルフーズにて入手可能である。(注/主に業務用)
メイプルフーズ
http://www.maplefoods.co.jp/


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 和歌山の魚々ちゃんから楽しいお魚セットが送られてきた。ボクはこれを「魚々便」と呼んでいる。鮮度や種類によって「市場寿司 たか」で握りに仕立てたり、また煮付けに、塩焼きにしたり、忙しい中でも楽しい時間を持つことができた。そのなかにまとまってあったのがクラカケトラギスだ。なかでも小振りのを集めて天だねに仕込んでいく。

 トラギスの仲間は比較的温かい(水温)浅場からやや深海までの砂地に棲息する小魚。大きく育ってもせいぜい20センチ上。砂地でせっせと環形動物や小エビを食べて生きている。遊魚船などでの釣りでもお馴染みだし、底引き網や定置網にも入る。
 食べると「うまいよな」とは漁師のご意見、また釣り師でもベテランやうまいもん好きには評価が高い。でも流通の場では見向きもされなかった雑魚のひとつ。それがこのところ築地でも見かけるし、それなりに値を付けている。

 話はかわるがトラギスはどこか人間的な顔をしている。例えばオキトラギスはずばり悪女。こんなに典型的な悪女顔は最近女優さんにもありはしない。でもこのドハデさの裏には情の深さを秘めているのかな。それに反してクラカケトラギスは向学心に燃える地味な好青年である。でもこんな真面目そうな裏側には社会党の浅沼委員長を暗殺した少年(1960年の話)のようなすごみも秘めていそうだ。ぼうずコンニャクの提案なのだがトラギスに限ってはじっくり顔をながめて欲しい。本当にどれほどながめても見飽きることがない。

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まさに絵に描いたような好青年。でもつき合いたくはない。食べたいけど

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濃艶、ドハデ、二番落ちした娼婦、例えるとこんなところだろうか? 永井荷風なら「おもしろかるべし」とでも書きそう


 さてそんな木訥とした顔つきは関係ないだろうが、じょじょに天ぷら種として注目を浴びてきている。きっと釣り人には「おそいよ」と思われるだろう。この魚の評価はたぶん釣り師の方が先に上げてきていたのだ。築地には天だねだけを扱う仲卸があるのだが、そこでも見ているので「キスがなけりゃトラギスにするか」と天ぷら職人に新しい常識感が生まれるのもすぐだろう。

 さて話をボクの手元にもどす。高温の油でトラギスを揚げていく。トラギスは前日に開き、少し水分を抜いている。キスよりも背ビレ付近のウロコや小骨が強いので注意が必要だ。この天ぷらのうまさよ、いかに例えるべきか? 間違いなくシロギスに劣らずであるし、また皮の香ばしさはシロギス以上だろうか? 甲乙つけがたい味わいだと思うがどうだろう?

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 この和歌山の「魚々便」こんど我がサイトで通販を始めて見たくなる。いかがでしょうかね「お魚好き」の皆さん。和歌山の雑魚、小エビなどの「魚々便」、我ながら面白そうな企画になりそうだ。

市場魚貝類図鑑のクラカケトラギスへ
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