食べる魚類学: 2007年5月アーカイブ

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 霞ヶ浦で張り網を見た後、潮来、神栖と来て、いつのまにか迷ってしまった。出来れば潮来を見てから佐原、小見川と回るつもりが、潮来の街があまりに見るべきものがなく、駅前から南に下る内にカーナビを見てもどこを走っているのかわからなくなる。どうも利根川の北は広大すぎてとりとめがない。仕方なく利根川を千葉県側に渡り、左手を見ると懐かしい北総漁協の船だまりへの道、そしてほどなく右手に『うなせん』がある。

 かれこれ小見川も3年ぶりとなる。おもわず『うなせん』の暖簾をくぐると、これまた懐かしい菅谷敏夫さんの顔。奥さんも娘さんも元気そうである。
 ちょっと立ち寄ったつもりが、なんと名物の『うなせん流 うな重』をご馳走になる。

 店内で菅谷さんと話し込んでいると、厨房では二代目の正治さんが蒸し器に向かっている。
「修業から帰ってきましてね」
 菅谷さんはうれしそうだ。
 厨房は3年前と少しも変わっていない。相変わらず清潔至極だ。そこで菅谷さんとともに、息子さんの焼きの工程を見る。

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『うなせん』の仕上げ焼きは一種独特である。東京の老舗うなぎ屋で修業したという正治さんをして「一から学び治すようです」とのこと。

 まず蒸しをかけたら、その水分を飛ばすかの如く焼く、そしてタレにくぐらせて焼き、くぐらせて焼き、最後にはタレがカラメル状になるところまで焼く。

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「この焼き方はね。ウチ以外じゃ誰もやっていないの。前に天然を食べてもらったけど、中はふんわりして外はとても香ばしかったでしょ。せがれにもそれを教えてるんですよ」
 相変わらず鴨撃ちで耳が遠くなっている菅谷さんの声は大きい。

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 うな重が出来ると、まずはそのままいただく。これは菅谷さんから教えてもらったこと。ウナギの風味を楽しむには山椒は邪魔なのだ。そして菅谷さん自身の持ってこられたのがワサビである。
「これは私の考えなんだけど、ウナギにはワサビがいちばんあうね」
 あいかわらず表面は香ばしく、ウナギの風味が生きている。これが炊きたてのご飯と合わさって幸せすぎる味なのだ。これは蛇足かもわからないが、ボクの仕事では比較的都内でウナギを食べる機会が多い。ときに出前と言うこともある。そのどれもが『うなせん』の味に遠く及ばないのだ。まさに『うなせん流 うな重』は小見川にしかない味である。

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うな重は、肝吸い、香の物、うなぎの頭の佃煮、果物。漬物の中に見える鉄砲漬けは地元の『ちば醤油』のもの

「今は天然が少ないけど、また秋になったら来てくださいね。そりゃ最高の利根川ウナギの味を楽しんでもらいますから」
 天然ウナギと聞いて途端に満腹感が薄れて4年前の官能的な美味が蘇る。小見川町での“ウナギ鎌漁”解禁は9月だ。秋にはぜひ利根川名物の「ぼっかうなぎ」を食べたいものである。待ち遠しいな!

 お土産まで頂いて、店を出る。店に入った途端、カミナリが落ちて雹混じりの豪雨となっていた。それが小雨となっている。北総漁協の周りをクルマで見て回り、銚子を目差す。

●うなせんは注文を受けてから割き、焼き始めるので出来上がるまでに小一時間かかる。できれば予約してから行く方がベスト。また事前に天然ウナギがあるかどうかを確かめて欲しい。利根川の天然ウナギはこのまま国の無策が続くと幻の味となりかねない。
うなせん 千葉県香取市小見川5628 電話0478-82-1804


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 浦安、船橋などで暮らしてきた、『源七』のあんちゃんと立ち話するのが大好きなのだ。ここにはたくさんの発見がある。今日は有明海産の“なかずみ”を卸している。

「あんちゃん、なかずみ(コノシロの12センチから15センチほど)に子(卵巣)入ってる」
「入ってるよ。ほら、これは有明(海)だけど、みんな入ってるだろ」
「じゃああんまり身の方はよくはないってことだ」
「そうだね。これから秋まではダメだね。寿司屋さんはないと困るだろうし、こっちも大きさ揃えるのが大変だよ」

 コノシロの不思議さは、20センチ上の“このしろ”サイズが子持ちであるのは当然だとしても、この“なかずみ”でも、ときには“こはだ”サイズ(10センチ前後)でも子を持つことだ。しかも産卵時期が長いのだろうか? 国内のどこかで江戸前ずしに欠かせない“こはだ”、“なかずみ”サイズがとれる。

「子供の時、コノシロの卵食ったことあるかな」
「食ったね。あの頃はさ、おかずったら海のもんだろ。ご飯に、こいつの甘辛い煮つけだね」

 そうか東京湾でもコノシロの卵はよく食べられていたんだな。

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 八王子総合卸売協同組合『清水保商店』でいきなり「サーモントラウト」の文字が目に飛び込んできた。富山の「ますの寿し」などでは明らかに原材料を隠していたのに、これはそのものずばり表に「サーモントラウト西京漬け」とある。この正直さ加減に思わず買ってしまった。
 前にも書いたがサーモントラウトとアトランティックサーモン(タイセイヨウサケ)は出荷調整が出来る。すなわち成長を遅らせたり、早くしたりできる。サーモントラウトという養殖魚は、その上成熟しないなどの利点もあって将来有望どころか徐々に市場を席巻しはじめている。この魚の凄いのは生も塩鮭もこのような「漬け魚」もなんにでも使えて、色合い味わい総てよしなのだ。
 だから知らず知らずのうちに「サケ」だと思って食べていたのが実はサーモントラウトだったなんてことが多々あるはず。
 また「サケ」という言葉は曖昧でついつい標準和名のサケを思ってしまうので天然魚だと思ってしまうかも知れない。そこへいくとシミズ水産は正直である。一目見て「サケではない」というのがわかるし、裏面には「チリ産養殖」と書いてある。

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 味もよく、八王子総合卸売協同組合『清水保商店』でも人気があるという。
 賢い消費者なら、どうせ養殖魚のサーモントラウトを買うとき「正直なメーカー」を選ぶべきだ。シミズ水産偉い!

シミズ水産 神奈川県茅ヶ崎市中島
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 戸田での防波堤(岸壁)釣りは、まったく子供達の独擅場。ネンブツダイ、クロホシイシモチ、スズメダイ、メバルにササノハベラなどなんでもかまわず釣りまくる。だけど後の始末はどうするの?
 そんなことを心配していたら、ボクたちのバケツを見た地元の老人が「昔はこれをトントン木の上でたたいて出汁をとっただら」と教えてくれた。
 帰宅した日は半死半生。しかもマルアジの刺身、クロホシイシモチ、ネンブツダイ尾唐揚げ、天草からのヨシノゴチの身も残り、まずはそれを「食べてみる」のに専念。
 そして本日試してみたのがみそ汁のだしである。別に「みそ汁じゃなくてもいいだろう」と思っていたら、そのとってみた出汁が意外に濃厚なのだ。脂もあり、こってり。これは「潮」には出来ない。やっぱりみそ汁に限る。

 ネンブツダイ、クロホシイシモチは頭と背ビレ、内臓を除き、ある程度ウロコを取り去る。これをトントンとたたいて、昆布を沈めた鍋に放り込む。火をつけて湧いてきたらしっかりアクをすくい、だし汁が出来上がる。これをワカメのみそ汁に仕立てる。
 濃厚な旨味、脂があってまったりした味わい。これが美味なのである。これなら毎日のみそ汁だしをテンジクダイ科の魚でとってもいい。今回の出汁に一工夫したのはほんの少しの酒をいれただけ。これはいけますね。
 喜んでいたら、太郎が「父ちゃん、ワカメはこの出汁に合わないな。玉ねぎとかネギがいい」という。
 しかり、その通りかも知れない。特に玉ねぎの甘味は合うだろう。

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器は倉敷の武内立爾さんにいただいたもの。ボクのカメラ技術では、器の真価はわからない

 我が家の娘の取り得というと「人なつっこい」ことだろう。それで戸田の岸壁でサビキ釣りをしながら、周りの大人といつの間にか親しくなってしまった。そして明らかに防波堤釣りのプロと見受ける方にいろいろ頂き物をする。それが見事なマルアジ、小振りのマダイ。そのマルアジが大きい。帰り着いて体長を計ると、36センチもある見事さ。
 これを帰宅後の夕食でいただく。まだ身は死後硬直前。卸して刺身にすると弾力がある。そしてムロアジ属なのに血合いが少なく、刺身としても美しいのだ。
 これを姫はうれしそうに「私がもらったんだからね」と大いばり、たっぷり食べる。そしていつの間にか夢の中。布団の中ではまだ釣りをしていたようである。
 しかしとれたてのマルアジはうまいのである。思ったよりも脂がのっていたし、旨味もある。
 戸田岸壁の釣り人さん、ありがとうございました。

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「たれ」という言葉は水産世界では千葉県での「クジラ」、静岡県での「イルカ」とあって、三重県では「サメのたれ」となる。
 それぞれ材料は違うが、みな干物であり、基本的には塩味のもの。
 千葉県太海にはクジラの解体を見に行って、これを「たれ」用に販売する。それを買い求めに来た人たちに「なぜ『たれ』なのか」と聞くとツチクジラの身をやや薄く真四角に切り、塩水に漬ける。これを干すときに塩水が「たれる」ために「たれ」という名がついたという。どうも静岡県でも同じであるようだ。これが三重県では干したときに「たらして」干すがために「垂れ」だという。
 延喜式や奈良時代の木簡には「鮫楚割」というのがあり、これが現在の「サメのタレ」にあたる。「楚割(すわやり)」とは魚の身を細長く切り、「楚」=「木の枝」のごとくして塩漬け、干したもの。これが中世には「たれ」となる。またこのサメの干物は伊勢神宮、香取神宮、津島神社などの神饌でもある。神饌としての「たれ」は「楚」すなわち木の枝のように細長くするのではなく、塩漬けのサメ肉を長方形に切り、干すもの。これなど現在の「サメのたれ」よりも千葉県の「クジラのたれ」「イルカのたれ」に似ている。
 とすると、本来「楚割」はサメだけではなく、魚全般にわたって「干物」を差し、消費する都、または国府などでの言葉。それに対して「たれ」というのは産地での言葉ではないか。なぜなら「塩たれる」にしても「干すときに垂れ下がる」にしても「作るときの工程」を表している。それが時代をへて天皇家を中心とする中央集権国家が崩壊して、中世になる。地域ごとに統治者が現れて、租庸調などの体制も崩れる。当然、消費地である奈良、京都での「楚割」の言葉は消えて、産地での「たれ」が残る。この生産地での言葉が伊勢志摩に置いて主にサメの干物になり。また静岡ではイルカの干物に対する言葉となる。沿岸捕鯨の地、千葉ではクジラの「たれ」が残った。

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左のみりん干しは「楚割」の形に近く、右の塩干しは神饌に近い

 さて、「サメのたれ」に的を絞る。その昔、三重県では志摩地方で「サメのたれ」が作られ伊勢に送られてきたのだという。それが現在では東紀州(三重県西部)、和歌山県が生産地になっている。これが伊勢地方に送られてきていたのだ。すなわち長い間、「サメのたれ」という言葉も食べるのも伊勢地方が主であり、あまり他の地方では食べられてこなかった。その内、和歌山でお土産で売られるようになり、また消費されるようになって、「サメ」という言葉を嫌い、「メカジキの干物」と称された時代がある。それでは嘘になるとして「勝浦干し」と呼ばれるようになっているのだという。この「勝浦干し」というのも確かめる必要がある。

 この「サメのたれ」が食べてみたくなって、宅配してくれる業者を調べているときに我が甲殻類の師でもある沼津の飯塚栄一さんから「お伊勢参りに行きます」というケータイをいただく。これは好機だと、買ってきてもらったのが画像の干物たち。サメのみりん干しと塩干し、そしてウツボである。
 本来「サメのたれ」は塩干しであって、味醂干しは戦後から作られたもの。でも最近は味醂干しの方に人気があるのだという。また「サメの」と原料名がつくようになったのも戦後のこと。本来はヨシキリザメ、オナガザメ、アオザメ、シュモクザメなど「サメだけで作られていた」もので単に「たれ」と呼ばれていた。これが戦時中、エイでも作られるようになり、下級な「エイのたれ」に対して「サメの」をつけるようになったという。
「サメのたれ」は軽く炙って手でちぎって食べる。これが思いのほか美味である。クセのない、やや旨味の薄い味わいながら、酒の肴に、また塩味のほど良さからご飯にもあいそうだ。味醂干しは塩干しの、ややもの足りぬ味わいを甘味で補ったものだろうが、サメ肉本来の味わいは消えてしまっている。

 サメを干物にするという地方は少なくないという。これも追って調べる必要があるだろう。「たれ」という言葉に関してもそうである。この言葉が残る地域は千葉県、静岡県、三重県以外にもあるのだろうか? 我が課題はまだまだたっぷり残っている。

マルサ海産 三重県北牟婁郡紀北町紀伊長島区長島1189-146
      海老丸 伊勢市宇治中之切町52で購入

沼津飯塚さんからいただく。「飯塚さんの海の世界」
http://www.numazu.to/sea/
参考文献/『鮫』矢野憲一著(法政大学出版局)


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