「困ったなぁ。突き出し(居酒屋で最初に出てくる簡単なつまみ)が見つからないよ。昔ぁーこれも突き出し使えたんだけどな」と顔なじみの居酒屋の店主が一分刈りの頭をなでなでぼやいている。目の前にあるのがバテイラである。このときの値段が1キロあたり2800円だ(当日の相場からしたらかなり格安。当日のアサリの値段がキロ/800円)。これを100グラム280円として1個14グラム、大きいと18グラムあるとすると「(突き出しには)3個は欲しいね」で50グラム、原価140円見当になる。「なあんだ料理に使う酒や醤油はほとんど材料費に加えなくてもいいくらいだから安いもんじゃない」といった意味のことを言うと「冗談じゃないよ。うちは突き出しサービスだよ。これじゃ元取るにしても最低350円はもらわなきゃダメだろ。この不況でダメダメ」。ちなみにこれを4〜5個で1品料理に使うとして80グラムだとする。すると原価235円となる。普通定価3倍として700円になるわけだが大衆居酒屋では500円とるのも難しい。そして貝殻ばかりで食べられる部分の少ない嗜好品的な4〜5個の「尻高」にそんなお金を払うオヤジがいるんだろうか? こんなことをあれこれ考えてみるとバテイラの値段、もしくは現在の市場での位置がわかるのではないだろうか。
さてバテイラは青森県以南の太平洋側の磯や浅い岩礁地帯に棲息している。関東の市場では「尻高(しったか)」と呼ばれる。これは貝殻がやや高い、もしくは長いという意味合いを持っている。でももっと細長く高い貝はあるわけで、それでも「高」がつくのは、このバテイラが棲息する磯で同じように利用できる巻き貝のなかでは「比べて高い」と言う意味合いだと思えばいい。じっさいに磯で貝をあさっていると岩に付いている貝ではバテイラがいちばん背が高い。
関東の磯でバテイラとともにとれる食用貝はほとんどがニシキウズガイ科。他にはクマノコガイ、クボガイ、ヘソアキクボガイ、コシダカガンガラ、スガイ(これだけがサザエの仲間)などがある。なかで漁獲されて市場で流通しているのはヘソアキクボガイ、クボガイを含めて3種となる。これを日本海、もしくは全国にまで広げて考えるとバテイラと同じように高値で取り引きされるオオコシダカガンガラ、とクマノコガイが加わる。また市場で「尻高」と呼ばれているのはバテイラとオオコシダカガンガラの2種になってしまっている。これら磯の小さな巻き貝が全国から市場に集まり流通するようになったのも最近のことだと思われる。とすると関東の市場での「尻高」は本来バテイラ一種を差す言葉であったはずで、これなど調べてみたい事柄である。
さて冒頭を受けて、なぜにこのように価格が上がってきたのかというと、生息地である磯場を次から次にコンクリートで固めてしまったために生息数が激減したためだ。乱開発、乱獲のために本来食用とされてきたアワビ、サザエが少なくなり増殖事業が行われるようになった。とれなくなったこれら主役に加わったのがバテイラだろう。これもとれなくなってクボガイ、ヘソアキクボガイ、クマノコガイまで加わり、これまた減少。いまではこれら磯物と呼ばれていた巻き貝を海外から輸入するまでの危機的状況に陥っている。実際に20年以上通っている千葉県外房でみると、乱開発の元凶のひとつが港の整備である。これによって多くの磯場がなくなってしまった。当然、ニシキウズガイ科の巻き貝だけでなくメジナ、カサゴなどの魚、海藻、総てが減少してきている。しかも漁師の高齢化と相まって港に繋留する船の数も減ってきているのだ。こんな皮肉な顛末をコンクリートが大好きな政治家や役人は想像していたんだろうか?
閑話休題。寄り道しすぎてしまった。
さて、バテイラは酒、しょうゆで煮る。または酒、水、塩で酒蒸しにしてもうまいものだ。楊枝でくるんと身を取りだし口にいれると、まず磯の香りが口中に広がり、ワタの苦みと身(足)の甘味が一度期に押し寄せてくる。ただ1個でほんの一口にもあたらない小さなものなのでその味わいのときは短い。この短いときを楽しむのが「尻高」の醍醐味なんだろう。
●文中の値段は卸値
「千葉県外房産じゃないの」と仲買は言う
2種類の「尻高(しったか)」
市場魚貝類図鑑のバテイラへ
http://www.zukan-bouz.com/makigai/kofukusoku/nisikiuzugai/bateira.html
市場魚貝類図鑑のオオコシダカガンガラへ
http://www.zukan-bouz.com/makigai/kofukusoku/nisikiuzugai/ookosidakagangara.html
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑へ
http://www.zukan-bouz.com/